富山県南砺市

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富山県南砺市ってどんなところ?

井波は、富山県の南西部にある人口8,000人の小さな町です。2004年に井波含む8町村が合併し、今は南砺市の中のひとつの地域となりました。日本一の木彫りの街として知られるこの町は、近年は旅慣れた外国人たちに注目され、2017年には日本遺産にも指定されています。

人々は、信仰や文化の中心であった瑞泉寺を大切に、町を切り開いてきました。しかし、その瑞泉寺が200年前に大火災で消失します。まちの人々は、街の象徴を再建しようと、京都から京都の東本願寺より御用彫刻師を迎え入れます。そのたった一人の技術がまちの人々に伝わり、現在は200人もの彫刻師が活躍する"日本一"の木彫りの街となりました。

 富山県南砺市は、平成16年11月に城端町、平村、上平村、利賀村、井波町、井口村、福野町、福光町の8つの町村が合併して誕生しました。富山県の南西端に位置し、岐阜県境に連なる山々に源を発して庄川や小矢部川の急流河川が北流するなど、豊かな自然に恵まれています。また、本市北部の平野は、豊かな水に恵まれた全国有数の水田地帯です。  山間部には、世界遺産に登録された五箇山合掌造り集落があり、平成28年12月には、城端神明宮の曳山祭が無形文化遺産に登録されました。  平野部には、家並みが美しい越中の小京都・城端や、板画家の棟方志功が約7年間暮らしていた福光、そして瑞泉寺門前の古い町並みから木槌の音が響く信仰と木彫りの里・井波など、香り高い歴史や文化があり、伝統の技も豊富にあります。 そして人情溢れる人が、訪れる人々をいつでも温かくお迎えします。 自然豊かで伝統あふれる南砺で暮らしませんか!(課)

松本八治
まとめる専門家

南砺市は豊かな自然に囲まれ、独自の風土に根ざした歴史や文化を育んできたまちです。
日本の原風景が息づく南砺の里山では、四季を通じて人と自然が調和しゆったりとした時間が流れています。
中でも、山間部には平成7年世界文化遺産に登録された「五箇山合掌造り集落」があり、まるで昔話に出てくるような懐かしい風景が今も残っています。

近年は、住みたい田舎ベストランキングでも常に上位に選ばれており、全国に先駆けて取り組んできた移住定住施策の効果が現れ始めているまちです。

自然に囲まれているため、自然を相手にした農業などを始めるにも最適ですし、ものづくりなどのクリエイティブな仕事も行いやすい環境です。

また不便な田舎だと思われがちですが、石川県金沢市と隣接しており都市部にも通勤圏内で移動することができます。

粟野 秀
粟土舎

南砺市の太美山地区は、南砺市の南西部に位置し、西は石川県金沢市に隣接し、南には大門山(1,572m)がそびえたち、地区内を小矢部川が流れる大変自然に恵まれた風光明媚な地域です。

バクチ谷、釜が淵、五郎谷の仏様など名所旧跡が多く、特に小矢部川の源流に位置する「不動滝」の落ちるさまは力強さを感じさせます。

人口は少ない地域ですが、無農薬米に取り組む農業生産者や、地域の古民家を活用し地域おこしと文化活動を行う団体など、地域にアツい活動を行う方が多いです。

渡辺 吉一
なべちゃん農場

南砺市の太美山地区は、南砺市の南西部に位置し、西は石川県金沢市に隣接し、南には大門山(1,572m)がそびえたち、地区内を小矢部川が流れる大変自然に恵まれた風光明媚な地域です。

バクチ谷、釜が淵、子宝の石として祀られている女岩など名所旧跡があります。

人口は少ない地域ですが、自然栽培米や自然栽培トマトに取り組む農業生産者や、地域の古民家を活用し地域おこしと文化活動を行う団体など、地域にアツい活動を行う方が多いです。

冨堂 正人
西太美地域づくり協議会

南砺市は豊かな自然に囲まれ、独自の風土に根ざした歴史や文化を育んできたまちです。
西太美地域づくり協議会のある西太美地区は、南砺市の西部に位置した農村地域です。
地区西側は金沢市との境界には医王山がそびえ、その山麓にはIOX-AROSAスキー場があり、市内で一番多くの若者が集まるレジャー施設となっています。
西太美地域づくり協議会は地域住民の交流促進を図り、豊かな人づくリ、住みよい郷土づくりに寄与し、地域コミュニティーの拠点を目指し活動しています。

島田 優平
井波地域の持続可能な交通網づくり協議会

富山県南西部に位置する南砺市井波地域は、南砺市50,000人の人口のうち8,000人がすむ小さな地域です。2004年には井波を含む8町村が合併しました。日本一の木彫りの街として知られるこの町は、近年は旅慣れた外国人たちに注目され、2017年には日本遺産にも指定されています。

人々は、約620年前に開かれた瑞泉寺を大切にし、信仰と歴史と文化により町を切り開いてきました。しかし、その瑞泉寺が200年前に大火災で消失します。まちの人々は、街の象徴を再建しようと、京都から京都の東本願寺より御用彫刻師を迎え入れます。そのたった一人の技術がまちの人々に伝わり、現在は200人もの彫刻師が活躍する"日本一"の木彫りの街となりました。

平地域づくり協議会
平地域づくり協議会

 富山県の南西端に位置する五箇山(ごかやま)地方は、1500m級の山々に囲まれ、冬には2、3mの積雪がある豪雪地帯です。清流庄川(しょうがわ)(飛騨高地から日本海へ流れる115kmの一級河川)沿いの谷間に40の集落が点在し、そのうちふたつの集落、相倉合掌造り集落と菅沼合掌造り集落が1995年(平成7年)、岐阜県白川郷荻町とともにユネスコの世界遺産に登録されました。

 五箇山の地名が初めて見られるのは室町時代、1513年(永正10年)本願寺第9世実如の裏書に始まります。名前の起こりは5つの谷間(やま)から(赤尾谷・上梨谷・下梨谷・小谷・利賀谷)から構成された集落群の総称と云われ、加賀藩政時代には約70の集落がありました。現在は共に世界遺産の相倉集落を有する※旧平村、菅沼集落を有する※旧上平村を総じて「五箇山」と呼びます。居住の歴史は古く、縄文時代に遡り、古代、中世、近世を通じ、平野部とは地理・自然条件が大きく異なるため、昔ながらの自然豊かな独特の文化を形成しています。

原田 司
井波日本遺産推進協議会

富山県南西部に位置する南砺市井波地域は、南砺市50,000人の人口のうち8,000人がすむ小さな地域です。2004年には井波を含む8町村が合併しました。日本一の木彫りの街として知られるこの町は、近年は旅慣れた外国人たちに注目され、2018年には日本遺産にも指定されています。

人々は、約620年前に開かれた瑞泉寺を大切にし、信仰と歴史と文化により町を切り開いてきました。しかし、その瑞泉寺が200年前に大火災で消失します。まちの人々は、街の象徴を再建しようと、京都から京都の東本願寺より御用彫刻師を迎え入れます。そのたった一人の技術がまちの人々に伝わり、現在は200人もの彫刻師が活躍する"日本一"の木彫りの街となりました。

藤井 圭一
よいやさ祭り実行委員会

南砺市井波地域は日本一の木彫刻の街として知られ2年前に日本遺産に認定されました。
瑞泉寺(木造建築として日本で4番目の大きさ)を中心とした門前町で、現在でも彫刻士200人程がノミの音を響かせています。
まちなかには木彫刻があふれておりバス亭、表札等木に拘ったオブジェが多数存在いたします。
また、瑞泉寺に通じる八日町通りには猫の木彫が来る人に愛想を振りまいています。
どこにいるのか見つけるのも楽しみの一つです。
近年は井波にある宿が”まちやど”と称してまち全体をホテルのイメージにして多くの外国人が訪れています。

大井 甚吉
よいやさ祭り実行委員会

南砺市井波地域は日本一の木彫刻の街として知られ2年前に日本遺産に認定されました。
瑞泉寺(木造建築として日本で4番目の大きさ)を中心とした門前町で、現在でも彫刻士200人程がノミの音を響かせています。
まちなかには木彫刻があふれておりバス亭、表札等木に拘ったオブジェが多数存在いたします。
また、瑞泉寺に通じる八日町通りには猫の木彫が来る人に愛想を振りまいています。
どこにいるのか見つけるのも楽しみの一つです。
近年は井波にある宿が”まちやど”と称してまち全体をホテルのイメージにして多くの外国人が訪れています。

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