「東京を出たい」が出発点だった。久米島で見つけた、自分らしい暮らし
公開日:2026/08/14 05:21
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2026/08/14「興味ある」が押されました!
2026/08/14沖縄本島から西へ約100kmに位置する久米島町は、美しい海と豊かな自然に囲まれた人口約7,000人の島です。島のシンボルである「はての浜」をはじめ、ダイビングやシュノーケリングなどのマリンアクティビティが楽しめるほか、車で島内を一周できるほど暮らしやすい規模感も魅力です。
一方で、コンビニやスーパー、ドラッグストア、病院など生活に必要な施設も整っており、「便利すぎず、不便すぎない暮らし」ができる島として、多くの移住者やリピーターに親しまれています。
現在、久米島町では14名の地域おこし協力隊が活動しており、公営塾スタッフ、高校魅力化コーディネーター、ハウスマスター、移住定住コンシェルジュなど、それぞれの専門性を生かしながら地域づくりに取り組んでいます。
今回はその中から、2024年4月1日から移住定住相談窓口島ぐらしコンシェルジュとして活動する森田純さんにインタビュー。地域おこし協力隊に着任するまでの歩みや、移住相談を通して感じる久米島の魅力、そして任期後もこの島で暮らし続けたいと語る現在の思いについて、お話を伺いました。
東京を離れ、久米島へたどり着くまで
久米島町地域おこし協力隊として「島ぐらしコンシェルジュ」に所属し、移住相談や情報発信を担当している森田さん。現在は移住希望者と地域をつなぐ仕事に携わっていますが、その道のりは決して一直線ではありませんでした。
東京で生まれ育った森田さんは、大学で小学校と幼稚園の教員免許を取得しました。当時は教師を目指していましたが、大学生活を送る中で「本当に自分は教員として働きたいのだろうか」と考えるようになったといいます。
そんな中、高校生の頃から興味を持っていた海外での活動に挑戦するため、卒業後はオーストラリアへワーキングホリデーに出発。現地ではパン屋や飲食店など複数の仕事を経験しながら生活しました。
「英語はもともと苦手だったんです。でも少しでも話せるようになりたくて挑戦しました」
帰国後は岩手県で学童保育に携わり、その後はJICA海外協力隊として中米・ホンジュラスへ。小学校で算数教育に関わる活動を行いました。
ホンジュラスでの生活は、森田さんの価値観を大きく変えた経験だったといいます。
「言葉も十分には通じませんでしたが、本当にたくさんの人に助けてもらいました。その優しさがとても印象に残っています」
帰国後は、その経験を生かしたいという思いからホテル業界へ。海外から訪れる旅行者をサポートしたいと考え、フロントスタッフとして働きました。その後、日本語教師養成講座を運営する会社で事務職も経験します。
しかし東京での生活を続ける中で、次第に違和感を抱くようになりました。
「移住したいというより、とにかく東京を出たい気持ちが強かったんです。満員電車に乗る生活をあと何十年続けるんだろうと思った時に、違う暮らし方をしたいと思いました」
そんな時に出会ったのが久米島町の地域おこし協力隊募集でした。
実は応募当時、沖縄へ旅行した経験はあったものの久米島を訪れたことはなく、久米島はほとんど知らない場所でした。
それでも移住定住促進という仕事に興味があったこと、自身も移住を考えていたことから応募を決意。そして地域おこし協力隊として久米島へ移住しました。
「今思うと、久米島との出会いは偶然だったかもしれません。でも結果的に、自分にとってすごく合う場所でした」
東京を離れたいという思いから始まった移住でしたが、その選択は森田さんに新たな居場所をもたらしました。
移住者と地域をつなぐ「島ぐらしコンシェルジュ」の仕事
現在、森田さんが所属する島ぐらしコンシェルジュでは、移住相談や情報発信を中心に、久米島への移住を検討する人たちのサポートを行っています。
移住相談と聞くと電話や窓口対応をイメージする人も多いかもしれませんが、実際はメールやオンライン相談、移住フェアなどブース相談など方法はさまざまです。
「住む場所はありますか」「どんな仕事がありますか」「数年後に移住したいと考えています」など、相談内容も人それぞれです。
そんな中で島ぐらしコンシェルジュが力を入れているのが、移住体験サポートです。
移住希望者一人ひとりの希望を聞き、職場見学や地域案内をオーダーメイドで組み立てて案内します。例えば介護職に興味がある人には介護施設を紹介し、実際に職場を見てもらう機会をつくっています。
そのために島内の事業者や関係機関との調整も欠かせません。
「こういう仕事をしたいという相談があれば、事業所に連絡して見学できるか相談します。実際に見てみることで、移住後のイメージも持ちやすくなると思うんです」
こうした活動を続ける中で、実際に久米島へ移住した人や地域おこし協力隊として着任した人もいます。
「相談会や移住フェアで出会った方が移住してくれるのは本当に嬉しいですね」
また、この仕事の魅力は移住希望者だけではなく、地域とのつながりが広がることにもあります。
求人情報の確認や移住体験の調整を通して、さまざまな事業者や住民との関係が生まれていきます。
「祭りやイベントに行った時に知っている人が増えているのが嬉しいですね。久しぶりに会って話したりできるのも楽しいです」
地域おこし協力隊として活動する中で、森田さん自身も地域とのつながりを深めてきました。
「普通に移住してきただけだったら、ここまで多くの人と知り合うことはなかったと思います。協力隊という制度があったからこそ、地域に入りやすかったですね」
移住希望者と地域をつなぐ仕事。その役割を担いながら、森田さん自身もまた久米島とのつながりを育んでいます。
久米島で暮らし続けたい。その思いを胸に
移住支援の仕事を続ける中で、課題も見えてきました。
その一つが住宅不足です。
移住希望者からの相談でも、「住む場所が見つからない」という声は少なくありません。
「仕事が見つかっても住まいがないというケースもあります。私たちにとって大きな課題ですね」
また、移住後のサポートの重要性も感じています。
移住はゴールではなくスタートです。実際に暮らし始めてから悩みや不安を抱える人もいます。
「移住して終わりではなく、その後も相談できる環境が必要だと思っています」
一方で、自身の任期終了後についても考える時期になりました。
現在は協力隊として活動していますが、任期終了後は住まいや仕事を自分で確保しなければなりません。それでも森田さんの気持ちははっきりしています。
「今はどんな仕事をするかよりも、久米島に住み続けたい気持ちの方が強いですね」
休日は家でゆっくり過ごしたり、YouTubeを見たりすることもあれば、海へ出かけることもあります。最近は島の人に教えてもらったシュノーケリングスポット巡りを楽しんでいるそうです。
そして移住相談の仕事を通して感じるのが、久米島のリピーターの多さです。
「移住相談会でも『久米島には何度も来ています』という方が本当に多いんです」
便利すぎず、不便すぎない暮らし。人との程よい距離感。そして自然とともにある日常。
その魅力は、実際に暮らしている森田さん自身も強く感じています。
「東京へ出張に行くことはありますが、飛行機から久米島が見えてくると帰ってきたなと思うんです」
東京を出たいという思いから始まった移住生活でしたが、今では久米島が帰る場所になりました。
協力隊として移住者を支える立場でありながら、自身もまた移住者として島に暮らし続けたいと願う一人。任期終了後も、この島で新たな一歩を踏み出そうとしています。
写真提供:森田純 取材日:2026年6月18日 山田
このプロジェクトの地域
沖縄県全体
人口 146.82万人
おきなわ島ぐらしが紹介する沖縄県全体ってこんなところ!
エメラルドブルーの海に囲まれ、ゆったりとした時間が流れる沖縄。那覇の街歩きや国際通りのにぎわいもあれば、少し足を延ばすと集落の古民家や赤瓦屋根が残り、地域ごとの暮らしの営みが息づいています。島ごとに異なる伝統芸能や食文化が受け継がれ、祭りや行事を通して地域の人とのつながりを感じられるのも魅力です。観光地として知られる一方で、日常には市場での買い物や浜辺の散歩、庭先での交流など、温かな人との触れ合いが広がっています。都会の便利さと島ならではの自然、そして多様な文化が共存する沖縄は、暮らす人にとっても発見と喜びにあふれた場所です。
このプロジェクトの関連地域
久米島町
人口 0.66万人
このプロジェクトの作成者
沖縄移住に向けた情報発信 沖縄県では、沖縄県移住応援サイト「おきなわ島ぐらし」において、沖縄移住・沖縄暮らしの「今」を発信しています。移住相談会や移住体験ツアーなどの開催案内をはじめ、『住む』『働く』『支援』『子育て』『医療』5つのカテゴリー別に支援機関などの紹介を行っているほか、市町村の生活環境や移住定住に活用できる支援制度の情報など、沖縄移住の情報収集に役立つ情報を掲載しています。