医師への道を手放した先で見つけた天職。久米島高校の未来をつくる地域おこし協力隊の挑戦
公開日:2026/07/31 01:20
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2026/07/31「興味ある」が押されました!
2026/07/31沖縄本島から西へ約100kmに位置する久米島町は、美しい海や豊かな自然に加え、海洋深層水や農業、水産業など多様な地域資源を持つ島です。
現在、久米島町では14名の地域おこし協力隊が活動しており、公営塾スタッフ、高校魅力化コーディネーター、ハウスマスター、移住定住コンシェルジュなど、それぞれの専門性を生かしながら地域づくりに取り組んでいます。
今回はその中から、2025年3月10日から久米島高校魅力化コーディネーターとして活動する森俊介さんにインタビュー。医師を目指してチェコの医学部へ進学した異色の経歴や、久米島で教育に向き合うことになった経緯、そして高校魅力化にかける想いについてお話を伺いました。
医師への夢を追い続けた6年間。その経験が久米島につながった
北海道で生まれ育った森さんは、高校卒業後に東京の大学へ進学しました。法学部で学びながら当初は法律関係の仕事も考えていましたが、心のどこかに幼い頃から身近にあった「医師」という仕事への憧れが残っていたといいます。
父親が医師だったこともあり、「一度は本気で挑戦してみたい」という思いから、大学卒業後にチェコの医学部へ進学しました。当時は東欧医学部への進学が注目され始めた時期で、森さんは日本人第2期生として新たな挑戦をスタートさせます。
しかし、そこで待っていたのは想像を超える厳しい環境でした。試験に合格できなければ単位を取得できず、退学になることも珍しくありません。多くの学生が卒業までに9〜10年かかるような環境の中で、森さんも何度も壁にぶつかりながら学び続けました。
それでも諦めずに挑戦を続けていましたが、6年目に大きな転機が訪れます。単位制度の変更によって、それまで積み上げてきた単位を引き継げなくなってしまったのです。
「あと一歩のところまで来ていたので、本当に悔しかったですね。」
最終的に医師への道を断念し、日本へ帰国しました。
帰国後は東京で建設業界へ進み、高層ビルの耐火被覆工事に携わります。真夏の現場では過酷な環境の中で働くこともありましたが、その経験は精神的にも体力的にも大きな糧になったと振り返ります。
そんな中で考えるようになったのが、以前から何度も訪れていた沖縄への移住でした。
移住先を探すために沖縄を訪れたとき、偶然目にした地域おこし協力隊の合同説明会が東京で開催されることを知りました。そこで本来2週間の滞在を考えていましたが、「この説明会は行った方がいい。」というその直感を信じて、4日間の滞在で東京に戻ることに。その説明会で出会ったのが久米島高校魅力化プロジェクトのコーディネーター募集でした。
「人と人をつなぐ仕事は自分に向いているかもしれない。」
そう感じて応募したことが、現在の活動のスタートとなりました。
地域と学校をつなぐ。久米島高校魅力化コーディネーターの仕事
久米島高校魅力化コーディネーターとして着任した森さんでしたが、最初から明確な道筋があったわけではありませんでした。
コーディネーターは基本的に一人で、引き継ぎ期間も限られていました。地域や学校との関係性、これまでの経緯を理解しながら活動を進めなければならない状況だったといいます。
そんな中で森さんが最初に取り組んだのは、とにかく地域へ出ることでした。
イベントや勉強会、交流会などに積極的に参加し、多くの人と対話を重ねていきます。1年間で交換した名刺は200枚を超え、島内の企業や研究機関、地域団体とのつながりが少しずつ広がっていきました。
その過程で改めて感じたのが、久米島の持つ可能性の大きさでした。
海洋深層水や海洋研究、農業、漁業、自然環境保全、伝統文化など、島全体に学びの素材があります。ホタル館や漁業協同組合、研究機関など、地域には高校生が実践的に学べる環境も数多く存在しています。
「魅力が足りないのではなく、むしろ多すぎるくらいあるんです。」
だからこそ、それらをどう高校生の学びへつなげるかを考えることが重要だと話します。
現在は地域資源を活用した探究学習やプロジェクト型学習の企画・運営を進めています。
その中で森さんが印象に残っているのが、生徒たちへの伴走支援です。
あるプロジェクトでは、最初は自分たちの意見を出すことも難しかった生徒たちが、活動を重ねる中で大きく成長しました。
課題設定から役割分担、スケジュール管理、プレゼンテーション資料の作成まで、自分たちで考えて進めるようになったのです。
「最後はほとんど見守るだけでした。」
そう話す森さんの表情からは、生徒たちへの信頼が伝わってきます。
地域と学校をつなぎ、生徒たちの成長を後押しすること。それが現在の森さんの大切な役割になっています。
協力隊のその先へ。持続する仕組みを残したい
森さんが見据えているのは、自分の任期中だけの成果ではありません。
協力隊が卒業した後も続いていく仕組みを地域に残すことです。
活動を続ける中で感じたのは、協力隊制度が抱える取り組み成果の継承が課題でした。個人の熱意によって成り立つ活動は多い一方で、人が入れ替わるたびに積み上げたものが失われてしまうケースも少なくありません。
だからこそ森さんは、現在進めている取り組みを高校のカリキュラムへ落とし込み、地域の資源と学校教育が継続的につながる仕組みづくりを目指しています。
また、地域みらい留学や通信制教育との連携など、新しい学びの可能性についても模索を続けています。
久米島だからこそできる学びを増やし、生徒たちが地域の中で挑戦できる環境を整えたい。その思いは一貫しています。
今、森さんは任期終了後も、地域プロジェクトマネージャー制度などを活用しながら、引き続き久米島高校魅力化に関わる選択肢を視野に入れているそうです。
「点で終わるのではなく、線として続いていくものにしたいんです。」
医師を目指した6年間も、建設現場で汗を流した2年間も、一見すると今の仕事とは結びつかないように見えるかもしれません。
しかし、そのすべての経験が人と向き合う力や挑戦し続ける姿勢となり、今の活動につながっています。
久米島の豊かな地域資源と高校生たちの可能性をつなぎながら、森さんは今日も未来につながる仕組みづくりに挑戦しています。
写真提供:森俊介 取材日:2026年6月17日 山田
このプロジェクトの地域
沖縄県全体
人口 146.82万人
おきなわ島ぐらしが紹介する沖縄県全体ってこんなところ!
エメラルドブルーの海に囲まれ、ゆったりとした時間が流れる沖縄。那覇の街歩きや国際通りのにぎわいもあれば、少し足を延ばすと集落の古民家や赤瓦屋根が残り、地域ごとの暮らしの営みが息づいています。島ごとに異なる伝統芸能や食文化が受け継がれ、祭りや行事を通して地域の人とのつながりを感じられるのも魅力です。観光地として知られる一方で、日常には市場での買い物や浜辺の散歩、庭先での交流など、温かな人との触れ合いが広がっています。都会の便利さと島ならではの自然、そして多様な文化が共存する沖縄は、暮らす人にとっても発見と喜びにあふれた場所です。
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人口 0.66万人
このプロジェクトの作成者
沖縄移住に向けた情報発信 沖縄県では、沖縄県移住応援サイト「おきなわ島ぐらし」において、沖縄移住・沖縄暮らしの「今」を発信しています。移住相談会や移住体験ツアーなどの開催案内をはじめ、『住む』『働く』『支援』『子育て』『医療』5つのカテゴリー別に支援機関などの紹介を行っているほか、市町村の生活環境や移住定住に活用できる支援制度の情報など、沖縄移住の情報収集に役立つ情報を掲載しています。