
なんもないとこ?77㎞を、さらっと4時間半で巡ったとんでもない紀行【3】
公開日:2026/01/04 23:43
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2026/01/23「興味ある」が押されました!
2026/01/2112月11日、【「多賀町まるごと巡る紀行」第1回平野から山へ~多賀町をまるごとめぐる~】を開催しました。 以前、地元の人が寄ったワークショップで、このまちの自慢って何だろう??って聞いた時、出てきたのが「なんもないとこ」でした。「静かで自然がいっぱいで、空気と水がきれいで、なんもないとこ」というキーワードが多数出てきて、逆にワクワクしてしまいました。 ならば、「なんもないとこ」を、一日で巡ってみてはどうか??と地元の人対象で企画をしたのが、この「多賀町まるごと巡る紀行」でした。 「なんもないとこ?77㎞紀行」を3回に分けて書いてみます。その3回目です。
存続がままならない場を多々見て、何も出来ずに通り過ぎてきた
保月集落を下って行きます。先日降った雪が残っていて、また、木々がすべて落葉し、少し紅葉が残る平野部とは全く違った山の景色です。道は相変わらず落石が多く緊張が続きます。 芹川上流の谷がはるか崖の下に見えます。 谷まで降りて、さらに五僧(ごそう)集落を目指します。両脇の崖は白い石灰岩質の石が何ヶ所も土石流となって流れた痕跡があり、少しでも雨が降ると危険な所だと、素人が見ても分かります。
五僧集落は、岐阜県との県境にあります。昭和49年に集団離村しています。今回は、村の入り口で少し散策しました。令和に入る前までは、水源にある美那戸神社の祭礼に、離村した村の人が帰って来て、皆で寄ってお世話をされていました。満月の夜に合わせて祭礼があり、月明かりを頼りに山道を歩いて宵宮のお参りをしたなどと聞きました。残念ながら令和の始めに神社は存続出来なくなり、お神上げされてしまいました。その最後の祭礼に立ち会わせていただきました。その時の忘れられない風景がいくつかあります。直会に、お供えしていたスルメをそのまま焚火に放り込んであぶり、とりわけてもらったこと、お社の前にゴザを敷いて、手作りのおはぎや煮物をならべてご馳走になったこと、しかしながら、ゴザの上に次々這い上がってくるヤマビルの恐怖・・・。巨大な杉の幹に付いた真新しいクマのひっかき傷・・・。大きな太鼓、朽ちかけた家々・・・。旧芹谷や旧脇ヶ畑集落には離村の跡が生々しく残り、集落ごとの豊かな文化や知恵をぽつりぽつりと聴き記録することも追いついておらず・・・。今回のような巡るツアーで実際に見て知ってもらう些細なことしかできず、悩ましいところなのです。


無音の谷で化石探しに熱中
五僧集落を後に、川を下ります。霊仙山(標高1094m)が下流に向かって右に見えるのも不思議な感覚です。白い石灰岩がパラパラ落ちている悪路を、右は山肌、左は谷底の道を進みます。上流は全く水が流れておらず、無音の不思議な空間です。途中右側に、行者窟が見えてきます。
河内(かわち)集落に入ります。 行者さんは、河内妛原(あけんばら)集落の区長さんとスソ(村入りした人の中で一番下っ端)で年数回お参りされているそうです。女人禁制の場所です。 そこから数百m下ったところが下写真の岩肌に囲まれた、なんとも不思議な場所です。石が落ちる音が、こだまして響きます。谷に水が全く流れていません。シーンと静まりかえった場所です。ここに落ちている石には、フズリナやウミユリの化石が混ざっていて、化石を探すのに皆夢中です。 さらに、数百m下ると、大きい岩の下から急に水がたっぷり湧き出ているところがあります。そこで、水を汲みに来ている人たちとすれ違いました。栗栖集落からぐるりと山を回ってきて初めて人に出会いました。
川を下り、河内妛原集落に入ります。その手前の川の中に、杉の木と苔むした水の流れの中に鳥居とお社があり、まるでジブリ映画のような美しいたたずまいのところがあります。口権現(くちのごんげん)で、冬季積雪が多く、行者窟までお参りに行けない時に、ここでお参りするそうです。
河内妛原集落から右に入り、落合集落に向かいます。途中、入谷(にゅうだに)集落の小屋群があります(トップ画の写真です)。急な坂の上に集落があり、リヤカーや自転車を置いておく小屋だったそうです。さらに落合に向かって川沿いの道を上ります。途中霊仙山登山道のひとつから登る、今畑(いまはた)集落への山道があります。登山道を20分ほど歩いて行くそうです。多賀町内で唯一徒歩でないと行けない集落です。


日常にもどる感覚が味わえるなんて・・・。
落合集落に到着しました。更地になった場所は、霊仙山登山客の駐車場になっています。集落の神社、落合神社のご神木も立派で、苔むした荘厳な雰囲気の場所です。少し壊れて中がのぞける太鼓小屋には、祭礼の道具などが入っていますが、ここの太鼓もとても大きく立派です。以前聴き取り調査で、この集落でもいろいろ伺いましたが、方言が、同じ町内なのにまた違うのに驚きました。その一つが、「山行きボッコ」。ボッコとは、襤褸(ぼろ)のことです。蔵を解体するときにたくさん出てきたと連絡をいただき写真を撮りに行きました(下写真)。
落合を後にして、道を下ります。途中、入谷(にゅうだに)集落方面へ、急な坂を右に、車で上がります。以前ここで、雨上がりの坂道を二駆のオートマ車で上がっていて、スリップして上がれなくなり、運転者以外車から降りて押して・・・。後ろから来た村の人に、ロー(L)に入れて走れや!と言われ、オートマ車のローはどこにあるんですかぁ!!と叫びながら、何とか上がったという恐ろしい思いをした場所です。さらに、降りて押した人の足元には、次々とヤマビルが上がってくるという恐怖・・・。 そんなところに、ほんまに今から行くんですか?この車大丈夫ですか??と叫びつつ、四駆なので大丈夫、と・・・参加者を不安に巻き込みつつ、何とか上がりました。途中からは徒歩の上り坂。集落の一番上にある谷神社までお参りに行きました。 下写真は了眼寺です。数年前の大雨で、基礎部分が土砂崩れで流れてしまい浮いた状態だったのを、きれいに修理されています。以前聴き取りに来た時は、足元が流れたままの状態で法要をされていました。
入谷集落を後にして、河内妛原集落に戻り、芹川を下ります。河内宮前集落には、日本で三番目に長い洞窟、「河内の風穴」があり、夏場は天然のクーラーを求めて、大勢の人でにぎわいます。ここは、普段個人でも来られる場所なのでスルーしていきます。皆さん、ここに来て、普通に人が生活する日常の景色に戻りほっとした!と口々にしゃべられていました。肩の力がやっと抜けました。そんな緊張する山間部でした(笑)。
河内中村、下村集落を通過します。芹谷山間部で唯一川沿いにある村が河内集落です。川の両側の山、300mほどのところに点々と集落があります。今回は、時間が無く、甲頭倉(こうずくら)集落、屏風(びょうぶ)集落、後谷(うしろだに)集落、向之倉(むかいのくら)集落、桃原(もばら)集落(いずれも、多賀のマチュピチュと言っても過言ではない・・・)、そして、彦根市鳥居本に抜ける道にある水谷(水谷)集落には行けませんでした。 栗栖(くるす)集落を通過し、一円集落に入ります。一円屋敷を横目で見つつ、久徳(きゅうとく)集落を通過し、中央公民館横から大岡集落を通りあけぼのパーク多賀に帰ってきました。 朝からの走行距離訳77㎞。過去10年ほど集落を巡った聴き取り調査で、村の人から教えてもらった貴重な話や、無駄な豆知識を、参加者に伝えつつ、4時間半で多賀町を巡りました。
新緑が芽吹くころ、再び多賀町内を巡るツアーがあれば、参加してみたいですか??


このプロジェクトの地域

多賀町
人口 0.64万人

龍見 茂登子が紹介する多賀町ってこんなところ!
多賀町の8割は山間部です。鈴鹿山系から、川の流れに沿って3つの谷筋(犬上川北谷・犬上川南谷・芹川)にエリアが分けられます。エリアごとに、少しずつ方言や食文化が違うのがこの町の特徴です。 芹川周辺の集落は川沿いではなく山の上に集落が点在しています。石灰岩が堆積した山の斜面を開墾し、昭和中頃までは、ゴボウ、人参、大根など栽培されていました。「保月(ほうづき)大根、杉(すぎ)人参」(保月集落と言えば大根、杉集落と言えば人参)と言われ、特産物になる良質の根菜が収穫されていました。粘土質の赤土が付いた作物は美味しい証拠として、高値で取引されたと年配の方から聞きます。 桃原口(桃原集落への分岐)よりさらに芹川上流の河内集落には、河内の風穴(かわちのかざあな)と呼ばれる鍾乳洞があります。洞窟の総延長は約10㎞といわれ、複雑に枝洞が広がっています。観光で洞窟の入り口のほんの一部見学ができます。洞内気温が年間通して12~3度で夏は涼しく避暑地として人気です。
このプロジェクトの作成者
香川県東かがわ市生まれ 高校卒業後、県外の大学に進学 大学卒業後、東京で就職。 転職後、京都市内に住む。 結婚して、京都府木津川市に住む。 その後、天理市、奈良市に住み、 現在パートナーの実家がある滋賀県多賀町に住んで17年になります。 多賀町の自然の美しさに感動し、草花の種類の豊富さに驚き、越して来たころは植物図鑑片手に植物の名前を調べ歩きました。 2014年頃より、多賀町の民俗聞き取り調査に参加。 主に食文化について調査しています。 2019年、多賀町中央公民館オープン時に、地元の郷土料理を展示してふるまうイベントをみんなで開催しました。 2019年4月より、「多賀の食べるをつなぐ」をコンセプトにYOBISHIプロジェクトがはじまりました。 現在YOBISHIプロジェクトの代表をしています。 YOBISHIよびしとは、多賀町の方言で親戚やご近所さんを呼んで行事の時などにおもてなしをすること。 多賀町に伝わる郷土料理の聞き取り調査をして、レシピ化する活動をしています。聞き取った内容は、noteに綴り公開。また、動画撮影をしてYouTubeで少しずつ公開しています。 イベント情報はYOBISHIのInstagramアカウントで発信中。 年数回イベントに合わせて、町内全戸に「よびし通信」を発行。

















