【地域企業紹介】【求人あり】人が会社を創る。~老舗鉄鋼店の「風土」を築いた挑戦~

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2026/01/18

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2026/01/17

新潟県三条市に本社を構える野水鋼鐵店さん。創業から100年を超える長い歴史を持つ老舗の鉄鋼商社ですが、その内情は「老舗」という言葉から想像されるものとは一線を画しています。

今回は、五代目社長の武田社長と、役員を務める娘の水井さんにお話を伺い、社員を第一に考えた独自の経営哲学と、未来に向けた展望についてインタービューをさせていただきました。

※求人について知りたい方は気軽に記事へリアクションしてください。担当のスタッフからご連絡します。

大阪での修行から始まった、武田社長の挑戦

――― 本日はよろしくお願いいたします。武田社長が野水鋼鐵店を継がれるまでのご経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。

武田社長: 私はもともと、三条市で金属の切断加工を営む家で育ち、将来は家業を継ぐものだと思っていました。高校を卒業して、実家の会社がお付き合いのあった野水鋼鐵店から紹介を受け、大阪の鉄鋼商社で3年ほど修行を積む予定で入社しました。ただ、気づけば14年間も在籍していました。とても居心地がよく、やりがいを感じる会社でした。

大阪での修行中、私は毎日が発見の連続でした。誰一人知り合いがいない土地で、仕事に打ち込む中で、多くの人に助けられ、人との繋がりの大切さを痛感しました。そんな折、先代の野水社長に後継者問題が浮上したところで、大阪にいた私に白羽の矢が立ちました。

――― まさか、実家の家業ではなく、全く別の会社の社長になるというのは想像もしていなかったことだと思います。当時の心境はどのようなものだったのでしょうか?

武田社長: 父からは「いつ帰ってくるんだ」と何度も言われ、そろそろ家業に戻ろうかと考えていた時期でした。そこに降って湧いたような話でしたので、正直驚きました。大阪の社長や社員の皆さんに支えられた経験から、「人の役に立ちたい」「恩返しがしたい」という気持ちが強く、野水鋼鐵店へ入社することを決めたのです。

父は当然、私が家業を継ぐものだと思っていたので、最初は反対されました。しかし、幸いにも弟が家業を継ぐことを決断してくれたので、私は妻と子どもたちを連れて新潟に戻り、再出発することになりました。父とは今でも会うたびに小言を言われますが、これも家族ならではの絆だと思っています。

組織は人では動かない。人が組織を作り出す』 ――― 野水鋼鐵店に戻られてから、どのような課題に直面されたのでしょうか?

武田社長: 当時、野水鋼鐵店はアナログ的な経営をしていました。大阪ではPCを使用していましたが、野水鋼鐵店では手書き対応、販売計画もなく、社員たちは自分たちが会社にどれだけ貢献しているのか、会社の経営状態はどうなっているのか全く分からない状態でした。当然、社員のモチベーションもそこまで高くありません。

私はまず、自分にできることから始めようと、会社の業績を立て直すために奔走しました。当時は、営業先を回るよりも、鉄鋼メーカーや商社、銀行といった仕入れ先との関係構築に注力しました。私の顔を覚えてもらい、会社の信用を高めることが先決だと考えたからです。

しかし、私が大阪で学んだ新しいやり方を導入しようとすると、社内から反発の声が上がりました。「俺たちのやり方がある」と、なかなか理解してもらえない状況。私はその時、「組織は人では動かない。人が組織を作り出す」ということを痛感しました。

水井さん: 私はそんな父の姿を見て育ちました。昔ながらの職人気質の社員が多い中、父は社員一人ひとりと向き合い、信頼関係を築くことから始めました。社員が会社の経営状態を把握できるよう、販売計画や利益計画を共有し、自分の仕事が会社の成長に繋がっていることを実感してもらうようにしました。

野水鋼鐵店 武田社長
野水鋼鐵店 武田社長

火災から生まれた「社員第一主義」の経営

――― 会社の改革が進む中で、大きな転機となった出来事があったとお聞きしました。

武田社長:はい、 私が社長に就任してから数年後、会社で火災が発生しました。事務所は全焼し、会社存続の危機に直面しました。その時、私が真っ先に考えたのは会社の再建よりも「社員の雇用を守ること」でした。会社を立て直すには多大な労力と資金が必要でしたが、「社員を路頭に迷わせるわけにはいかない」という強い思いが私を突き動かしました。

水井さん: 私は当時、父がどれほど大変な思いをしていたのか、間近で見ていました。事務所が真っ黒になって、電話も1台しかない状況で、誰もが不安で心が病んでしまった時期です。

武田社長: この状況下で、誰も辞めませんでした。むしろ、「何とかして会社を立て直そう」と一丸となってくれました。火災は会社にとって最大の危機でしたが、同時に、社員との絆を深め、本当の意味での「チーム」を築き上げるきっかけになったのです。この経験から、私は「社員を第一に考える」という経営哲学を確固たるものにしました。

【「やめる」から「変える」へ。水井さんのターニングポイント】

――― 水井さんは、どのような経緯で入社されたのですか?水井さん: 私はもともと、家業を継ぐつもりは全くありませんでした。高校を卒業して、やりたいことを見つけるために2年間だけ働くつもりで入社したんです。当時は「いつかこの会社を辞めて、自分の好きなことをするんだ」と周りにも公言していました。

しかし、入社から1年ほど経った頃、新入社員が2人入ってきました。彼女たちは仕事に対してとても前向きで、私に「この仕事はどういう意味があるんですか?」と聞いてくるんです。その時、私は「先輩なのに、こんなことも知らないなんてかっこ悪い」と恥ずかしくなりました。

その時、初めて「このままではいけない」と強く感じ、意識が変わりました。彼女たちがこの会社に入ったことを後悔しないように、もっと働きやすい環境をつくってあげたいと思うようになったんです。

――― 意識の変化が、具体的な行動に繋がったのですね。

水井さん: はい。まず、社外報「野水マガジン」の制作を始めました。社員の日常や取り組みを外に向けて発信することで、少しずつ社内のコミュニケーションが活発になっていきました。今までコミュニケーションの少なかった社内で少しずつ会話の機会が生まれ、社員の人から温かい言葉をかけてもらえるようになったんです。そういう言葉に触れるうちに、この会社には良い人がたくさんいる、と気づきました。そうして、私は「やめる」という気持ちから、「この会社を変える」という気持ちに変わっていったのです。

水井さん『私はもともと、家業を継ぐつもりは全くありませんでした。』
水井さん『私はもともと、家業を継ぐつもりは全くありませんでした。』

社員の幸福度が、利益に繋がる

―――野水鋼鐵店では、社員の主体性を引き出すためのユニークな取り組みを数多く実施されています。その目的について教えてください!

武田社長: 私は「良い会社」と「いい会社」は違うと考えています。「良い会社」は、利益がしっかり出ていて、世間からの評価も高い会社。それに対し、私たちが目指す「いい会社」は、社員が生き生きと働き、周りから「あの会社の人は楽しそうだね」と評価される会社です。

社員の満足度が高ければ、仕事も楽しくなります。楽しく仕事をしていれば、自然とお客様へのサービスも向上し、結果として会社の利益は後からついてくると考えます。私たちは、単に会社を成長させるだけでなくそこで働く社員の人生を豊かにするサポートをしたいと思っています。だから、業務成績だけでなく、社内委員会の活動や、イベントへの参加度合いなども評価の対象にしています。

水井さん: 社員が「やってみたい」と手を挙げたことに対して、経営陣が全力でサポートする。たとえ失敗したとしても、その経験から何を学ぶかが大切だと考えています。この「失敗を恐れず挑戦する」という文化が、野水鋼鐵店の強みです。

【制度より「風土」。野水鋼鐵店が求める新しい仲間】

――― 今後、野水鋼鐵店はどのような未来を描いていらっしゃいますか?そして、どのような人材を求めていますか?

武田社長: 鉄鋼業界を取り巻く環境は、今後も大きく変化していくでしょう。しかし、どんな時代になっても、会社の根幹を支えるのは「人」です。私たちはこれからも、社員一人ひとりの声に耳を傾け、挑戦を後押しすることで、「いい会社」を創り続けていきたいと思っています。

水井さん: 私たちは、「制度より風土」を大切にしています。ですから、男女、経験、学歴を問わず、素直で、勉強好きで、明るく、嘘をつかない人を求めています。

真面目で慎重な社員が多いことも当社の特徴です。しかし、それだけでは新しい風は生まれません。自分の意見を持ち、それを積極的に発言できる主体的な人材が必要です。私たちは、そうした人たちが活躍できる場を用意し、共に成長していきたいと考えています。

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貴重なお話をありがとうございました。 野水鋼鐵店さんでは現在新しい仲間を募集中! 『気になった』『もっと話をきいてみたい』という方は記事にリアクションお待ちしております。コンシェルジュからお返事させていただきます!

本社屋上の「農園のみず」。社員の提案を受入れ建設途中の設計を変更してまで設置
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歴代の野水マガジンは社内にも飾られている。過去の歩みが一目でわかる。
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このプロジェクトの地域

新潟県

三条市

人口 9.12万人

三条市

三条市移住コンシェルジュが紹介する三条市ってこんなところ!

ちょうどいい田舎、三条市。 新潟県三条市は、新潟県のちょうど真ん中に位置するものづくりのまち。 東京から2時間と上越新幹線が止まる燕三条駅や高速道路のインターチェンジがあり、アクセス抜群の地域です。人口は約10万人の都市で、中心市街地にいけばスーパーやコンビニがそろっており少し車を走らせると山や自然が豊かな下田地域にもいける都会と田舎の側面を持つ地域。 ものづくりの技術は世界から認められており、 いくつかのアウトドア用品の有名ブランドも実は三条市が本社だったりします。 幻の西洋梨ル・レクチエやシャインマスカットを始めとした豊かな自然が育む高品質な農産物も魅力です。 三条市をもっと知りたい方は、こちらの記事もご覧ください! https://sanjo-city.note.jp/

このプロジェクトの作成者

プロフィール画像

2023年度から三条市移住コンシェルジュとして活動をしている、きら星株式会社という移住サポートをするチームメンバーにて運営しております。

スタッフ1 【三浦佑太郎】 茨城県出身、27歳。前職・エンジニア。 好きなものはサウナとビールと野球と麻雀。 ひとの話をきくのが大好き、好奇心強め。 「いつかは地方へ」と思っていて、面白い場所へ流れていったら三条市へ流れ着きました。

スタッフ2 【本間翔太】 新潟県新潟市出身。 きら星に所属しながらも、三条市内でコーヒースタンドを営んでいます。妻、息子、7匹の猫に囲まれながらおだやかな生活を送っています。

スタッフ3 【神 友里】 地元新潟と湘南の2拠点生活実践中! 夫&息子と、都会的くらしの魅力と、ローカルの魅力、双方を満喫しています。やりたいことが実はローカルで叶った!そういう場面に立ち会えたらと思っております。

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