「人生の景色を変える」庭づくりを──常識を打ち破る庭師が語る壮絶な半生と未来への挑戦

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2026/01/29

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2026/01/28

新潟県三条市、保内地域。

ここには、日本でも有数の庭師がひしめき合う独特のコミュニティが存在します。

その中で、一際異彩を放ち、圧倒的な情熱と独創的な発想で唯一無二の庭づくりを続ける「帝樹園 庭正」。

今回は、代表の長橋正宇さんに、常識を打ち破り、自らの力で道を切り開いてきた壮絶な半生と、その先に描く壮大なビジョンについて、じっくりと語っていただきました。

孤立と逆境から始まった庭師としての道

──まず、長橋さんが庭師の道に入ったきっかけをお聞かせください。

実は、庭師になるつもりは全くなかったんです。20歳でゼネコンを辞め22歳まで土建屋に勤めていましたが、これといってやりたいこともなくフラフラしていた時期がありました。そんな折、一人で庭師をしていた祖父が入院し、お見舞いにきた周囲の方々に対して、「今度からはうちの孫がやりますんで」と話していたそうです。このことを母から聞き、何も聞いていない私は驚きました。一人庭師だった祖父の姿をみていましたが、当時は何の思い入れもありませんでした。ただ、中学校3年生の時に日給1万円をもらって祖父の手伝いをした経験が、頭の片隅にあって。「社長か、悪くないな」と、軽い気持ちで造園の世界に入りました。

──そこからすぐに独立されたわけではなく、5年間修行をされていますね。

はい。母の口利きで、地元の造園会社さんにお世話になりました。後に知ったのですが、その会社の初代社長と僕の祖父は兄弟弟子だったそうです。当時から自分の信念を曲げずに仕事をしていましたが、周囲から見れば生意気に感じたと思います(笑)当時の先輩からは厄介者のように扱われたり、時には無視されたこともありましたね。

──その中で、どのようにモチベーションを保たれたのでしょうか?

とにかく仕事に没頭しました。周りが何を言おうと、自分がやるべきことは自分の腕を磨くことだと信じていました。先輩たちが無視するなら、仕事のことはメモで上司に伝えて、ただひたすら作業に集中する。結果として、誰よりも仕事ができるようになれば、何も言われなくなりますから。その経験は、今の自分の強みになっています。

常識破りの営業と経営

──修行を終え、28歳で独立されました。しかし、業界内での嫌がらせは続いたそうですね。

はい。独立したばかりの頃、私の名前を騙って営業をする人が現れ、とても驚きました。その人は、私の屋号である「庭正」を名乗り、超低価格で庭の剪定を請け負っていたのです。しかも、他社の顧客の庭を荒らしているという話を聞いて、私がその現場に行ってみると、庭の持ち主から「誰だお前は」と言われてしまいました。

──それでも、事業を拡大できた背景には何があるのでしょうか?

味方がゼロではなかったのですが、敵対する人が多い環境において、頼れるのは自分だけでした。祖父の時代からの既存顧客はわずか5件。とにかく新規顧客を獲得しなければいけない状況でした。そこで目をつけたのが、当時造園業界では誰もやっていなかった「マーケティング」です。新聞に広告を出したり、自分で作ったチラシをポスティングしたり。特に、新聞配達員の後ろを真顔で2時間ほどついて回り、新聞が投函された隙にチラシを入れたこともありました。クラフト紙の封筒に葉っぱの形の穴を空けるなど、手に取ってもらうための工夫もしましたね。その結果、300枚のポスティングから11件の仕事につながりました。

──事業が軌道に乗ってから、経営に対する意識は変わりましたか?

はい。一人でまとまった売上を作った時、自分は稼げると思っていました。しかし、法人化をして初めて、人件費や社会保険料という「固定費」の重さを知ることになるんです。給料は毎月必ず発生するのに、冬場は雪で仕事ができない。その時、利益の大切さを痛感しました。最初の頃は、儲けることは悪いことだと思っていた時期もありましたが、社員やその家族を幸せにするには、利益がなければいけないと再確認しました。

帝樹園 庭正  代表 長橋正宇さん
帝樹園 庭正 代表 長橋正宇さん

顧客の人生に寄り添う庭づくり

──当時は驚異的な働き方をされていたと伺いました。

はい、当時は、本当に毎日疲弊していました。昼間は現場で動き回り、夜はPCに向かって見積もりや図面を作成する。睡眠時間は毎日3時間ほどでした。でも、そんな状態でも、顧客の要望に応えることだけを考えていました。結果的に、庭師としての技術だけでなく、経営やマーケティングのスキルも身につけることができたのは、あの時があったからだと思います。

──庭正様の庭づくりは、他の会社と何が違うのでしょうか?

私たちは、「お客様ファースト」を徹底しています。そのために最も重要視しているのが、徹底したヒアリングです。お客様が何を大事にして生きてきたのか、どんな景色を見て心を休めるのか、好きな映画や音楽は何か……。人生の物語を細かくお聞きすることで、唯一無二の庭が生まれます。ヒアリングシートはありますが、あくまで参考。会話の流れを大切に、お客様自身も気づいていない「本当の願い」を引き出すことを心がけています。

──印象に残っているエピソードはありますか?

たくさんあります。お客様一人ひとりの人生に、私たちは向き合っていますから。例えば、奥様を亡くされた方が、供養のために庭を作りたいとご依頼くださったことがありました。奥様との思い出の場所を庭に再現してほしいと。その方の悲しい過去と、それでも前に進みたいという願いを、庭を通して表現する。庭師は、単に木を植えるだけではなく、人の人生をより豊かにする「魔法使い」のような存在だと信じています。

──「金賞」を受賞された庭も、お客様に恵まれた結果だとおっしゃっていましたね。

はい。金賞は、僕の力ではなく、お客様に恵まれた結果です。一番最初に受賞したのは、初めて作った庭でした。エクステリアメーカーが主催する全国コンテストにノリで応募してみたら、まさかの一発目で銅賞受賞。その後に2度にわたり金賞を受賞しました。その時はまだ自分の実力だとは思っていませんでしたが、それがきっかけで、仕事の依頼が殺到しました。お客様の想いを汲み取り、それを形にすることができたからこその評価だと思っています。

帝樹園庭正が手がけた庭の写真
帝樹園庭正が手がけた庭の写真
何度でも振り返りたくなる美しい自然の姿に目を惹かれる。
何度でも振り返りたくなる美しい自然の姿に目を惹かれる。

弟との絆と未来への挑戦

──弟さんが、今では長橋さんにとって不可欠な存在だと伺いました。

はい。彼が会社に入ったのは、母からの「強い勧め」でした(笑)。当時、独立志向があった弟に、兄である僕の会社はちょうどいい場所だと考えたようです。正直、最初はうまくいくか不安でした。僕が口うるさく言うと、次の日に無断欠勤することもありました。でも、今では休日に無断で仕事に出るほど熱心に働いてくれています。彼は静かで職人気質なのですが、その心の中には熱い情熱を持っています。僕が対外的な仕事で前に出ている間、現場を管理したり、見積もりを作成したり、僕の足りない部分を完璧に補ってくれています。 ──従業員の方に求める姿勢は?

「お客様ファースト」と「遊び心」を両立してほしいです。庭師としての腕はあって当然。その上で、お客様の物語に寄り添い、自分なりの「色」を出してほしい。ただ、それが自己満足に陥ってしまうのは本末転倒。常に「お客様が喜んでくれるか」という視点を忘れないことが大切です。

──今後のビジョンについてお聞かせください。

僕には、絶対に叶えたい夢が二つあります。一つは、「ハリウッドスターの庭を作る」ことです。これを目標に掲げ、日々挑戦し続けることで、アナウンサーや俳優などの芸能関係との繋がりも少しずつ生まれてきています。お客様とより深い関係性を築くための「会員制バー」を経営することです。目的としては、組織が大きくなるに連れ会う機会の少なくなった既存のお客様のフォローです。お酒を飲みながら、ゆっくりとお客様の人生の物語を聞く。気軽に私とコミュニケーションができる場を設けて、お客様の声を第一に寄り添いたいと思っています。

──将来的に、庭正をどのような会社にしていきたいですか?

売上30億円、従業員100名の会社を目指しています。これはあくまで数字ですが、その背景には、「植物を通して、自分と自分の周りにいる人たちを幸せにする」という人生の理念があります。社員が十分な給料を得て、人生を豊かにできる会社にしたい。庭づくりだけでなく、植物に関わるあらゆる事業を創造し、世の中に「人生の景色を変える」という価値を広めていきたいです。

もし、この記事を読んであなたの心が少しでも動いたなら、それは何かの始まりの合図かもしれません。「人生の景色を、変える。」庭づくりを一緒にしてみませんか?あなたからのコンタクトを、心からお待ちしています。

このプロジェクトの地域

新潟県

三条市

人口 9.12万人

三条市

三条市移住コンシェルジュが紹介する三条市ってこんなところ!

ちょうどいい田舎、三条市。 新潟県三条市は、新潟県のちょうど真ん中に位置するものづくりのまち。 東京から2時間と上越新幹線が止まる燕三条駅や高速道路のインターチェンジがあり、アクセス抜群の地域です。人口は約10万人の都市で、中心市街地にいけばスーパーやコンビニがそろっており少し車を走らせると山や自然が豊かな下田地域にもいける都会と田舎の側面を持つ地域。 ものづくりの技術は世界から認められており、 いくつかのアウトドア用品の有名ブランドも実は三条市が本社だったりします。 幻の西洋梨ル・レクチエやシャインマスカットを始めとした豊かな自然が育む高品質な農産物も魅力です。 三条市をもっと知りたい方は、こちらの記事もご覧ください! https://sanjo-city.note.jp/

このプロジェクトの作成者

プロフィール画像

2023年度から三条市移住コンシェルジュとして活動をしている、きら星株式会社という移住サポートをするチームメンバーにて運営しております。

スタッフ1 【三浦佑太郎】 茨城県出身、27歳。前職・エンジニア。 好きなものはサウナとビールと野球と麻雀。 ひとの話をきくのが大好き、好奇心強め。 「いつかは地方へ」と思っていて、面白い場所へ流れていったら三条市へ流れ着きました。

スタッフ2 【本間翔太】 新潟県新潟市出身。 きら星に所属しながらも、三条市内でコーヒースタンドを営んでいます。妻、息子、7匹の猫に囲まれながらおだやかな生活を送っています。

スタッフ3 【神 友里】 地元新潟と湘南の2拠点生活実践中! 夫&息子と、都会的くらしの魅力と、ローカルの魅力、双方を満喫しています。やりたいことが実はローカルで叶った!そういう場面に立ち会えたらと思っております。

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