
【移住体験記】三条市オーダーメイド移住体験プランで、ものづくりの町・三条を歩いてみた
公開日:2026/06/26 06:33
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2026/06/26「興味ある」が押されました!
2026/06/26先日、新潟県三条市の「オーダーメイド移住体験」を利用して、三条市を訪れました。 ものづくりの町・三条には、若い世代へ受け継がれている技術と、最後の職人が守っている文化がありました。今回は、三条市で見てきたものづくりの現場や、そこで感じたことを書いてみようと思います。
〜『なぜ私が三条市に行くことになったのか?』〜
そもそものきっかけは、昨年末に「このままの環境で、あと10年過ごした先に“楽しい”はあるのだろうか」とふと考えたことでした。その流れで、地域とつながるプラットフォーム「スマウト」に登録してみたところ、三条市の移住コンシェルジュの方からご連絡をいただきました。
日本の伝統工芸やものづくりに興味があり、以前から「燕三条」の刃物にも惹かれていた私にとって、三条市を案内していただけるオーダーメイドの体験プランは、とても魅力的なものでした。
続いていく技術 《包丁工房 タダフサ》さんを訪問
まずは、今回利用させていただいた「オーダーメイド移住体験」について、簡単にご紹介します。 プランの詳しい内容は三条市公式noteに掲載されていますので、そちらの説明を引用しながら見ていきます。
▼三条市公式noteより引用▼ ______ あなたが三条市で訪れたい場所を巡る、完全オリジナルの体験プランです。
参加条件は【①現在新潟県外に住んでいる ②三条市への移住を検討している 】これらを満たしている方であれば、どなたでも大歓迎!
遠方の方でも参加しやすいように、三条市までの交通費・宿泊費の補助付きです(交通費 最大1万円・宿泊費 最大1万900円)。
地元在住の移住コンシェルジュが、あなたの希望をヒアリングして、見学する場所をプランニングします。滞在期間は1泊2日を基本に調整が可能(日帰り~必要日数)ですので、三条市での滞在を満喫してください。 ______
続いていく技術 《包丁工房 タダフサ》さんを訪問
三条市といえば、やはり包丁のイメージがあります。 海外でも評価される日本の包丁ですが、そもそも三条では、どうして世界に広まる包丁を作れるようになったのでしょうか。
そこには、この土地に根づいた金属加工の歴史と、職人たちが受け継いできた「続いていく技術」がありました。 ありがたいことに、今回、《包丁工房 タダフサ》さんの制作現場を見学させていただけることになりました。工房の中で見た手仕事の様子を、少しずつ記録していきます。
ー『三条の金属製品を全国に広めた「三条の金物商人」』ー
まずは少し、歴史の話。 三条の金属加工の始まりには、代官所奉行として三条に在城した大谷清兵衛が、江戸から鍛冶職人を招いて技術を伝えたという説があります。 和釘づくりは農閑期の副業として広まり、江戸の人口増加や火災による家屋の修理・再建需要が、三条の金属製品づくりを後押ししました。やがて釘だけでなく、鑿・鉋・鋸などの大工道具も作られるようになります。
それらを全国に広めたのが、三条の金物商人でした。 彼らは各地の需要を読み取り、鍛冶屋と市場をつなぎ、物流と情報のネットワークを築きました。 こうして三条は実用品づくりを深め、燕は釘や銅物など製品の幅を広げ、燕三条は金属産業のまちとして発展していきました。
タダフサさんの工房の2階に、これまで制作してきた製品を展示しているコーナーがあり、多種多様な刃物が並んでいます。 形も用途も様々なこれらの製品は、まさに三条の金物商人が各地のお客様の要望を事細かに聞いてきて、それを鍛冶屋の職人に伝え、職人はその無茶ぶりに応えるために技術を磨く。 こうして三条金物の品質は向上し、満足したお客様がリピーターになっていったそうです。今でも、OEM商品の製造が中心だそうです。
ー『職人たちが受け継いできた「続いていく技術」』ー
《包丁工房 タダフサ》さんを訪れて、とても印象的だったのは、若い職人さんが多く活躍していることです。
作業工程はいくつかの分野に分かれており、それぞれの持ち場で腕を磨きながら、少しずつ難しい作業へと挑戦していくそうです。
各分野には熟練の職人さんと若手の職人さんがいて、日々の仕事の中で技術が受け継がれている様子がうかがえました。
また、工房では50年ほど前の機械も大切に使われており、部品の供給が終わった今も、地元のエンジニアと協力しながらメンテナンスを続けているとのこと。 人も道具も大切に育てながら、三条の包丁づくりの技術はこれからも受け継がれていくのだと感じました。


守り継ぎたい文化 《六角巻凧 須藤凧屋》さんを訪問
三条では、凧と書いて「イカ」と読みます。 江戸時代中期、相手の凧を地面に落として戦う「凧合戦」が町人同士の争いや通行の妨げになるとして禁止されると、町人は「あれはタコでなくイカだ」と主張して条例をすり抜けたとか。
凧あげと聞くと、子どもの遊びを思い浮かべる人も多いかもしれません。 けれど三条では、年に一度、大人たちが本気で合戦に挑む日があります。 それが今でも続く「三条凧(イカ)合戦」です。
〜『「大人が本気で凧をあげる町」 の専門凧職人が守る、人々に愛される地域文化』〜
今回、三条市で唯一の凧屋を営む老舗「須藤凧屋(すどういかや)」さんを訪れる機会をいただきました。
三条には、昭和初期には12軒ほどの凧屋があったそうです。 現在、三条市で唯一の凧職人となった須藤 謙一さんは、須藤凧屋の6代目。40代まではサラリーマンとの兼業で凧作りを続け、50代からは専業で取り組まれています。
三条凧合戦に参加する凧の多くを制作しているため、大会前は大忙し。 私が工房を見学させていただいたときは、ちょうど絵付けの作業をされている時期でした。
浮世絵風の武者絵や役者絵、勘亭流の文字で書かれたスポンサー名、企業ロゴ、似顔絵まで、依頼主の希望に合わせた絵柄をすべて手描きで仕上げているそうです。
また、須藤さんはお忙しい合間を縫って、他地域の凧揚げ大会にも足を運ばれています。浜松、鹿児島、春日部、さらにはタイまで訪れ、各地の凧文化にも触れているそうです。
〜『世界に知られる「SANJO ROKKAKU」とは?』〜
六角巻凧は、三条市が発祥の地とされる六角形の凧です。 少ない風でも揚げやすく、上下左右の操作性に優れているため、凧合戦では激しい空中戦を展開できるのが特徴です。
また、揚げないときは上下の芯棒を抜き、横骨を中心に丸めることができるため、携帯性にも優れています。 骨組みには、節の隆起が少なく節間の長い矢竹が使われ、骨組みづくり、紙継ぎ、白凧貼り、絵付け、鼻緒立てまで、すべて手作業で作られます。 絵柄には、市川團十郎十八番や戦国武将など、歌舞伎絵が好まれてきました。
凧の大きさは半紙の枚数で表され、「30枚張」「50枚張」などがあります。凧合戦に用いられる凧は、畳2枚半程度の「30枚張」です。
海外でも「SANJO ROKKAKU」の名で知られ、三条市は世界の六角凧の発祥地として紹介されています。
〜『三条凧合戦は、町と人をつなぐ入口』〜
三条凧合戦では、370年以上続く伝統文化を継続・発展させていくために、新しい凧組の募集も行われています。 10名1組であれば、友人同士や地域の仲間、会社のサークル、学校など、市内外を問わず参加できるそうです。
新しく参加する組には「兄弟組」と呼ばれる既存の凧組がつき、凧の揚げ方から組の運営方法まで丁寧に指導してくれます。 伝統を守るだけでなく、新しい仲間を迎えながら未来へつなげていく取り組みが進められています。
三条凧合戦は、凧を高く揚げる美しさを競うだけではありません。 紅白に分かれた凧組が、空中で凧糸を絡ませ、相手の糸を切ったり、凧を落としたりして得点を競う、まさに「空の合戦」です。 相手の凧を落とすと1点、糸を切ると3点、上空高くで糸を切ると5点。 大人たちが本気になる理由が、少しわかる気がします。


さいごに
今回の記事では詳しく紹介しきれませんでしたが、 三条では高級箸で知られる《マルナオ》さんのオープンファクトリーや、爪切りで有名な《諏訪田製作所》さんのカフェにも立ち寄りました。 諏訪田製作所さんのオープンファクトリーは残念ながらお休みでしたが、どちらも工房とは思えないほど洗練された空間だったのが印象的でした。
そして何より驚いたのは、作業されている職人さんに若い方が多かったことです。 技術は一流でありながら、工房は明るく、開かれていて、おしゃれ。 こういう場所なら「働いてみたい」と思う若い人も多いのではないかと感じました。三条のものづくりには、技術を次の世代へつないでいく力があるのだと思います。
一方で、三条六角凧のように、最後の職人さんが守っている文化もあります。けれどそこにも、三条凧合戦という地域のイベントがあり、新しい人を受け入れながら文化を続けていこうとする動きがありました。
燕三条という町には、名前そのものにブランド力があります。 そして、その伝統を守りながら、今の時代に合う形で盛り上げていこうとする若い力も感じました。
どうやって伝統の灯を守り、次の世代へ受け継いでいくのか。 今回の三条での2日間は、そのさまざまな形を見ることができた、とても貴重な体験でした。
ぜひ皆さんも三条市を訪れてみてくださいね。 興味のある方はこの記事へリアクションしてください! 移住コンシェルジュからオーダーメイドツアーについてご案内させていただきます^^


このプロジェクトの地域

三条市
人口 9.12万人
三条市移住コンシェルジュが紹介する三条市ってこんなところ!
ちょうどいい田舎、三条市。 新潟県三条市は、新潟県のちょうど真ん中に位置するものづくりのまち。 東京から2時間と上越新幹線が止まる燕三条駅や高速道路のインターチェンジがあり、アクセス抜群の地域です。人口は約10万人の都市で、中心市街地にいけばスーパーやコンビニがそろっており少し車を走らせると山や自然が豊かな下田地域にもいける都会と田舎の側面を持つ地域。 ものづくりの技術は世界から認められており、 いくつかのアウトドア用品の有名ブランドも実は三条市が本社だったりします。 幻の西洋梨ル・レクチエやシャインマスカットを始めとした豊かな自然が育む高品質な農産物も魅力です。 三条市をもっと知りたい方は、こちらの記事もご覧ください! https://sanjo-city.note.jp/
このプロジェクトの作成者
●お仕事紹介 ・商人の街、三条市には多くの魅力的な地元企業&雇用があります◎ビビっときた方には三条市でのお仕事やプロジェクトにスカウトさせていただいております!求人の情報も記事掲載してまいりますのでチェックしてみてください!
●お家探しサポート 不動産屋さんや空き家活用団体と連携してあなたの目指すライフスタイルにぴったりな家のご提案をします。お気軽にご相談ください。
「住みたいまちを見つけたい」 あなたに寄り添った相談に乗ってます。 三条市に決まっていなくても全然OKです。 お気軽にオンライン面談申込、お待ちしております。 2023年度から三条市移住コンシェルジュとして活動をしている、きら星株式会社という移住サポートをするチームメンバーにて運営しております。
スタッフ1 【三浦佑太郎】 茨城県出身、27歳。前職・エンジニア。 好きなものはサウナとビールと野球と麻雀。 ひとの話をきくのが大好き、好奇心強め。 「いつかは地方へ」と思っていて、面白い場所へ流れていったら三条市へ流れ着きました。
スタッフ2 【本間翔太】 新潟県新潟市出身。 きら星に所属しながらも、三条市内でコーヒースタンドを営んでいます。妻、息子、7匹の猫に囲まれながらおだやかな生活を送っています。
スタッフ3 【神 友里】 地元新潟と湘南の2拠点生活実践中! 夫&息子と、都会的くらしの魅力と、ローカルの魅力、双方を満喫しています。やりたいことが実はローカルで叶った!そういう場面に立ち会えたらと思っております。

















