
【地域おこし協力隊退任後の物語】五島列島の海藻を蘇らせる男・アオサ王子の挑戦
公開日:2025/12/05 02:16
新上五島町では、地域おこし協力隊として島に移住し、退任後も地域に根づいて働き続ける人が増えています。佐賀県出身の梶山寛泰(37)さんもその一人。 福岡県から家族5人で移住し、協力隊として水産業の現場に飛び込んだことをきっかけに、島の海藻減少という課題と向き合うようになりました。やがて、上五島の海で「立派に育つ天然アオサ」に心を奪われ、2025年2月に退任後「海をよみがえらせる仕事をしたい」とアオサ養殖を開始します。 “アオサ王国”を立ち上げ、地元の方の協力を得ながら養殖・加工・販売を行う日々。SNSでの発信も広がり、プレゼント企画には全国から6000件以上の応募が寄せられた。 「海に向き合えば、海は応えてくれる」の信念のもと、島に根ざす覚悟で海藻の再生に挑み始めた物語をお届けします。
自然を求めてたどり着いたのは、妻が生まれた島だった
佐賀県で生まれ育った梶山寛泰さんは、幼い頃から釣りが好きで、よく山や海に出かけていたといいます。釣りが大好きなのはもちろん、海や自然のそばにいる時間が好きだった少年時代。その感覚は、大人になって福岡県に就職してからも変わらず、時間ができると自然のある場所へ足を運んでいたそうです。
そんな梶山さんにとって、人生の“分岐点”になったのが、奥さんの実家がある五島列島を初めて訪れたときでした。 防波堤から見える透明度の高い海にゆっくりと泳ぐ魚の影。 「こんなにきれいな海があるんだ!」と驚き、強く心を惹かれたといいます。 「いつか自然の多いところで暮らしたい」という思いはもともとあった梶山さん。 そこに、奥さんの地元が“上五島”という縁が重なり、「いずれ島で暮らす」という選択が頭の中で少しずつ現実味を帯びていきました。 「都会にずっといたわけではないし、漁業に携わる仕事にも興味がありました。自然の多い場所で、家族で暮らすイメージがありました。」 そんな時、インターネットで偶然目に入ったのが、 新上五島町の「地域おこし協力隊(水産)」の募集でした。内容は、水産イベントの企画・運営や、海に関わる活動。自然のそばで働きたいという思いと、奥さんの故郷で挑戦できるチャンスが重なり、応募を決意します。
無事に「地域おこし協力隊」として着任することが決まり、家族5人で上五島への移住が実現。地域おこし協力隊としての生活が始まりました。 協力隊として最初に取り組んだのは、地域の祭りや水産イベントの企画・運営、有川地区での漁業作業のサポート。地域の方との関わりも多く、最初は「どう馴染めばいいのか」と悩んだそうです。 「漁業の仕事でいただいた魚を知り合いや近所の方へお裾分けすることで会話も増え、地域のコミュニティに溶け込めました。」 仕事の一環で小学校での「海の授業」も行いました。 海洋ゴミをテーマにした授業をきっかけに、参加した小学生の一人が興味を持ち、そのテーマを地域の弁論大会で発表し、最優秀賞を受賞。 「自分が伝えたことを、子どもが受け取り、行動につなげてくれたあの体験は、本当に嬉しかったですね。」 梶山さんにとって、その出来事は強く印象に残ったといいます。 自然が好きだった少年時代の延長線のように、仕事で海と向き合いながら過ごした協力隊の日々。 自然のそばで生きたいという“自分の根っこ”が重なって、梶山さんの新しい暮らしはここから始まっていきました。


退任後に手探りから始めたアオサ再生プロジェクト
協力隊として活動する中で、梶山さんの頭から離れなかったのが海藻が激減しているという現実でした。「島に来た時から、激減している海藻を何とかできないかとずっと気になっていました。」 上五島の鯛ノ浦地区を訪れた時、そこで目にしたのが、大人の顔ほどの大きさにたくましく育つ天然のアオサでした。そこは透明度が高く、山からのミネラルを含んだ水が流れ込む場所です。「大きく育つアオサを見たとき、“ここに海の可能性があるかもしれない”と感じました。」 ちょうどその頃、その海域では有川地区漁業集落の皆さんや有川町漁協職員の立石雅之さんがアオサの試験養殖に取り組んでいました。梶山さんもそこに携わることができ、アオサの基礎から一緒に学び始めます。
・9月頃に行う種取り ・潮の高さや流れを読みながら行う網の張り込み ・砂やゴミを取り除く洗い・選別 ・収穫までの管理
といった一連の流れを、現場の人たちと共に経験していきました。 経験を重ねるうちに、「アオサを軸にした仕事は、農業と同じように少しずつ手をかけながら続けていける、持続可能な仕事になるのではないか」と感じるようになります。島の新たな産業になると考え、協力隊退任後、事業として立ち上げることを決意します。 アオサ養殖には「こうすれば必ずうまくいく」という正解はありません。 水温や気温、風や潮の方向、その年ごとの微妙な違いによって、網の高さを数センチ変えるだけでも成長具合が変わります。潮が引いた短い時間しか作業できない場所もあり、真冬の真夜中に懐中電灯を持ってひとりで海へ向かい、網の状態を確認することも多々ありました。 「自然相手なので、毎日が試行錯誤です。でも、手塩にかけたアオサがきれいに伸びて、収穫までたどり着けたときは本当にうれしいですね。」
そして事業として動き始めた頃から、梶山さんには“アオサ王子”という愛称がつき始めます。梶山さんが発信するSNS動画にも登場している県の機関である上五島水産業普及指導センターの濱崎将臣さんが、会うたびに自然と「アオサ王子」と呼ぶようになったのがきっかけでした。 「当初は『いや〜、良くてアオサオジです(笑)』って返していました」 アオサ王子の呼称が自身の中で定着し始めた頃、梶山さんは自分のSNSで「アオサ王子です」と名乗り始めアオサ養殖場を「アオサ王国」と呼び、事業の立ち上げからアオサ王国の建国の様子など、リール動画を作成し始めます。名付け親の濱崎さんも少し戸惑ったそうですが、次第に周囲にも浸透し、今では島内外から親しみを込めて「アオサ王子」と呼ばれる存在となりました。
・天日干し ・乾燥機を使った加工 ・商品開発 ・販路拡大のための出張 ・地域の方々と一緒に行う洗い・選別・干し作業
など、事業の代表者として活動の幅も広がっています。加工場には繁忙期には地域の方がアルバイトとして手伝いに来てくれ、海藻についた砂を落としたり、海洋ごみを取り除いたりする重要な役割を担っています。 地道な作業の積み重ねですが、梶山さんは「続けていくことで、必ず海も応えてくれる」と信じて、今日も海と向き合っています。


五島の海とともに進む ― アオサ王子の次なるステージ
「アオサ王国」の事業と並行して、梶山さんが力を入れているのがSNSでの発信です。アオサの成長の様子や海での作業風景、島の景観などをリール動画や写真で届けています。 「SNSでは“ありのまま”を届けたいと思っています。アオサのすばらしさだけでなく、島の景色や海のきれいさ、そして失敗しても気にしないアオサ王子を見て、少しでも何か届くものがあればと思って動画を作っています。」 投稿の中には、アオサの食べ方を提案するものもあります。 初摘みアオサは香りが強く柔らかく、味噌汁によく合います。2番摘みのアオサは葉に厚みがあり、天ぷらにするとおいしい。地域で作られる際は、小麦粉に塩と少しの砂糖を入れた衣で揚げるのがコツだそうで、その甘塩っぱい衣がアオサの香りをさらに引き立てます。 こうした発信を通じて、島外からの反応も増えています。 SNS上で募集した【伊勢海老やタコのプレゼント企画】では抽選で3名に当たる募集に対し、約6000件の応募がありました。アオサの商品も、県内外へ出荷されるようになり、福岡の飲食店で提供される味噌汁に使われるなど、少しずつ「五島のアオサ」が広がり始めています。
梶山さんが描くこれからのビジョンは、五島列島全体へと視野を広げたものです。 「自然のものから栽培できて、隙間時間で育てられるアオサは、軽くて日持ちもするので、離島というハンデもクリアできるんです。入り組んだ地形が多い五島には、アオサの生育に向いている場所がたくさんあります。いつかアオサが五島列島の未来を切り開くきっかけになってくれたら嬉しいですね。」 そして、これから地域おこし協力隊として上五島を目指そうとしている人たちへ、こんなメッセージを語ってくれました。 「日本の西端の離島に移住するという決断は、とても勇気がいることだと思います。何かを得るためには、何かを手放さなければいけませんが、人は行動することで、結果はどうあれ成長する生き物ですから。」 五島の海とともに進む“アオサ王子”の歩みは、これからこの島を目指す人たちにとって、一つの道標になっていきそうです。
【取材後記】 取材を通して印象的だったのは、梶山さんの言葉やエピソードが、すべて「自然が好き」という一本の線で繋がっていたことです。 都会での仕事に疲れ、山や海へ車を走らせていた日々。妻の実家である上五島を訪れ、海の透明度と島の景色に心を奪われたこと。協力隊として海の現状を知り、激減する海藻を前に感じた危機感。そして今、アオサの再生と事業化に挑戦していること――それらはバラバラの選択ではなく、自然と向き合い続けてきた一人の人の時間の流れそのものだと感じました。 語ってくれた「行動することで成長する。」という言葉は、五島列島を目指す人はもちろん、どこかで迷っている誰かにも届くメッセージだと思います。 アオサ王国の挑戦はまだ始まったばかり。五島の海とともに進む“アオサ王子”のこれからを、同じ島に暮らす一人として、これからも追いかけていきたいです。


このプロジェクトの地域

新上五島町
人口 1.50万人

新上五島町が紹介する新上五島町ってこんなところ!
この島は、自然との距離が近い。 時を忘れて浸ることができる。 街を歩けば、神社仏閣、教会など、 歴史や文化が生活に溶け込んでいる。 町民の気質は「お互い様」。 訪問客とも飾り気のない触れ合いをする。 この島にいる間は、時間に縛られなくていい。 自分の体内時計に従って、 のんびり自由に過ごすことができる。 頭と心をリセットし、 自分のやりたいことを見つけよう。
私たちは、世界中の人たちに、 自分と向き合う時間を提供します。
このプロジェクトの作成者
・新上五島町は、長崎県五島列島(九州の西端)に位置する島で、7つの有人島と60の無人島で構成されています。 ・新上五島町は細長い島で、山々が連なり入り組んだ地形をしており、リゾート地のようなエメラルドグリーンの海や水平線に沈み島を赤く染める夕陽、圧倒的な自然や教会群が魅力です。 ・島には、コンビニ、スーパー、ドラッグストア、ホームセンター、病院、学校(大学を除く)等の施設があり、生活するうえで必要なものは島内で購入することが可能です。 また、漁業・農業・建設業・医療・介護・交通・各種サービス業等、様々な業種があり特産品の「五島手延うどん」や「椿油」、「かんころもち」等の製造業もあるなど歴史や文化を感じながら働くことができます。 (新上五島町公式HP:https://official.shinkamigoto.net/) (新上五島町観光HP:https://shinkamigoto.nagasaki-tabinet.com/) (新上五島町移住HP:https://kami510.com/)

















