募集終了

忍びの里 甲賀へようこそ①

読みもの

公開日:2025/01/31 05:10

最新情報

プロジェクトの募集が終了しました。

2025/03/31

「興味ある」が押されました!

2025/02/07

令和2年度 甲賀百人組ゆかりの寺(長福寺・称名寺・多聞寺・唯称寺・慈眼寺)が構成文化財に追加認定されました!

令和元年度の追加認定(佐治城跡・甲賀流忍術屋敷)

日本遺産忍びの里伊賀・甲賀Webサイト http://www.shinobinosato.com/外部サイトへのリンク

日本遺産ポータルサイト https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/

リアルな「忍者」を求めて

 忍者は今やテレビやアニメを通じて海外にまで広く知れ渡り、奇抜なアクションで人々を魅了しています。江戸時代の最初期にイエズス会が刊行した『日葡(にっぽ)辞書』に、「Xinobi」(シノビ)の語が収録されており、戦国時代に「忍び」が活動し、日本人以外の人々にも知られていたことは明らかです。その後忍者や忍術に対してはさまざまなイメージが与えられてきましたが、その実像はこれまで謎に包まれてきたといえます。

跳ぶ忍者
跳ぶ忍者
忍術書『万川集海』
忍術書『万川集海』

地域の平和を守った「甲賀衆」

 甲賀(こうか)といえば隣接する伊賀(いが)とともに「忍びの里」として広く知られています。戦国時代、実際にその軍事的スキルを発揮したのは、「甲賀衆」と呼ばれた土豪・地侍たちであったと考えられます。彼らは飛び抜けた大名を主と仰ぐのではなく、互いに連携して地域を守っていました。それは「同名中(どうみょうちゅう)」や「郡中惣(ぐんちゅうそう)」と呼ばれる中世史上にも名高い広域で共和的な自治の姿として結実します。一方、甲賀のもつ地政学的位置は、孤立的な平和を許すものではありませんでした。彼らは外に向かって常にアンテナを立てて情報収集に努め、畿内はもとより各地の大名に請われ、その最前線で活躍しました。そこで求められた軍事的スキルとして「忍び」の働きがあったのでしょう。

油日神社
油日神社

このプロジェクトの地域

滋賀県

甲賀市

人口 8.56万人

甲賀市

甲賀市政策推進課が紹介する甲賀市ってこんなところ!

滋賀県の南東部に位置する甲賀市は、豊かな自然に恵まれ、大阪・名古屋から100km圏内にあり、国道1号線を有するとともに、市内を東西に横断する新名神高速道路には3か所のICを持つなど、便利でゆっくり暮らしのできる地域です。 また、JRを利用すると朝、夕の時間帯は京都まで乗り換えなしの電車もあります。

このプロジェクトの作成者

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・忍者・信楽焼・ゴルフ場数全国3位・朝宮茶・土山茶・鈴鹿山脈・くすり・東海道49番目、50番目の宿場町・スーパーいっぱい・ドラッグストアいっぱい・製造品出荷額県内1位・3路線乗入・新しい豊かさ