
離島で山の仕事に飛び込んだ地域おこし協力隊の挑戦と次に繋ぐ物語(五島列島・新上五島町)
公開日:2026/02/18 00:23
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2026/02/20「興味ある」が押されました!
2026/02/20長崎県、五島列島の北部に位置する新上五島町。透き通るような「五島ブルー」の海に囲まれたこの島で、あえて「山」を仕事場に選んだ女性がいます。2023年12月に町の地域おこし協力隊に着任した森桜(29)さん。北九州市でのタレント業、自営の飲食店向けに野菜作りなどの経験を経て、海に囲まれた島で選んだ仕事は「林業振興」——未経験からチェーンソーを握り、男性ばかりの森林組合で一人前を目指した2年半。島の特産「椿」を使った炭焼きや「駄菓子屋」運営という今までない方法で林業の魅力を島内で発信し、地域の人々と温かな繋がりを紡ぎました。しかし、4月から小学生になる息子さんの体調面で離島医療の限界に直面。母として子どもの健康と向き合う中で下した誠実な決断は、島を離れるというものでした。定住という形に縛られず、「やったことは無駄じゃない」と次のステージへ進む彼女の、挑戦と希望の物語です。
出会いが人生を変えた!ほぼ山の島で見つけた林業の仕事
「五島列島って一つの自治体じゃないんだ」
もともと長崎県の五島列島への移住を考えていた森さん。きっかけは、五島市に知り合いがいたことでした。「五島のことをもっと知りたい」と、住んでいた福岡県で2023年8月に開催された長崎県の移住相談会に参加します。 お目当てだった五島市のブースで話を聞いていると、隣に「新上五島町」というブースがあることに気づきました。五島列島が複数の自治体で構成されていることをその時初めて知りました。せっかくだからと新上五島町のブースにも立ち寄ってみると、熱量のある担当者の話から伝わってきたのは「五島市より規模は小さいけど、とても島らしい」という率直な魅力。直感的に惹かれた森さんは、「実際に見てみないとわからない」と、すぐに息子さんと2人で新上五島町へ観光に訪れました。その時ご主人は福岡県で飲食業を営んでいましたが、ゆくゆくは離島で飲食店や宿をやることを見据えて、森さんと息子さんの2人だけでの移住の背中を推してくれたことも大きかったです。 1回目の訪問で島の空気感や自然の豊かさを肌で感じ、2回目の訪問でさらに確信を深めました。そのころ強く思い始めていた子どもを「自然の中で育てたい」という思いと、親子2人で島を巡る中で感じた「ここなら自分たちもやっていける」という手応え——偶然の出会いから始まった新上五島町との縁は、2度の訪問を経て、移住という確かな決断へと変わっていきました。移住相談会から約半年後、「地域おこし協力隊」という仕事があることを知り、募集していた内容が「林業」という自然の中に身をおける仕事を魅力に感じました。早速応募し2023年12月に親子2人で島へやってきました。
「女性だからできない」とは言われたくなかった
配属されたのは、新上五島町森林組合。週4日、男性職員と全く同じ作業をこなす日々。女性職員は森さん1人。森林組合の職員たちも、最初は女性隊員にどう接したらいいのか戸惑っていました。トイレなどの環境も女性に配慮された十分なものではありませんでしたが、それでも「女性だからできない」とは言われたくない一心で、チェーンソーの扱いから伐採技術まで習得していきました。もちろん、体力的な限界を感じる場面もありました。そんな時は正直に女性だからできないです、ではなくて、「この作業に時間がかかります」と伝え、職場も「怪我をしないことが一番」と彼女のペースを尊重してくれました。当初は戸惑いがあった職員たちも、彼女の誠実な姿勢を見て、気遣いを見せてくれる仲間へと変わっていきました。
ほぼ森林。山と海が近い島で知った林業の役割
新上五島町は、町の全面積の約80%を森林が占めています。山と海がとても近いこの島で、森さんは林業の新たな側面に気づきました。それは、治山事業の大切さです。 山で汗を流し、木を切り、運び出す。文明の力といえばチェーンソーや道具ぐらいで、あとはほとんど昔と変わらない地道な作業の積み重ね。その過程が社会にとって不可欠な役割を担っているという「感動」——そしてさらに、海に囲まれたこの島だからこそ、山を守ることが海を守り、島全体の暮らしを守ることに繋がっているという実感。この発見こそが、森さんが林業に見つけた生きがいでした。 「この感動を林業の役割を知らない方や今まで関心のなかった方にも伝えたくなりました。」
そんな思いが、独自の活動へと繋がっていきます。


地域のコミュニティの中で紡いだかけがえのない繋がり
朝7時55分に着いたら、草刈りが終わっていた
移住生活の中で、森さんは地域活動にも積極的に参加し、地区の青年団や、老人会の方々が行う観音様周辺の草刈りなど、地域コミュニティに息子さんと一緒に飛び込みました。 草刈りのお誘いがあった初日、集合時間の朝8時に間に合うようにギリギリの7時55分に着くと、作業はすでに終わっていました。「嘘でしょって思いました(笑)。でも、みんな6時半には集まって作業を始めているんです。でも島あるあるなんですよ。」 朝早くからの作業は大変でしたが、毎回欠かさず参加する中で、息子さんは皆に可愛がられ、島での生活に深く溶け込んでいきました。「都会ではあまり交わることのない世代の方たちとの貴重な交流は、島での暮らしならではの豊かさでした」 息子さんも、世代を超えた交流の中で、一緒に汗を流すことを楽しんでいました。
自然との距離が近い暮らし
海に囲まれた島での子育ては、森さん自身が思い描いた通り、「自然との距離が近い」暮らしでした。家から車で数分の場所に海や山があり、子どもはいつでも外で遊びを見つけてきます。移住前に2回訪れた時には非日常だった場所も、今では日常の風景となりました。 「こんな綺麗な海があるのって、当たり前じゃないんです。都会では視界に入らないような自然の豊かさが、ここでは日常でした」 息子さんは「将来はこっちの小学校に行きたい」と言うほど、島の生活に溶け込んでいました。観光で訪れた時に感じた島の魅力は、暮らす中でさらに深まり、この場所は彼にとって「故郷」となりつつあったのです。このような地域との濃密な繋がり、仕事のやりがいと人間関係という二つの「生きがい」こそが、森さんが新上五島町で得た、何にも代えがたい財産となりました。
「口先だけだろう」から信頼へ——椿炭と駄菓子屋という入り口
一つは、島の特産品である椿を活用した炭焼きです。伐採後に山に残された間伐材や椿の木を資源と見なし、地域で炭焼きをしていた網田さんに弟子入りしました。当初は「口先だけだろう」と見られていましたが、現場での真摯な姿勢を見せることで信頼関係を築き、技術を習得しました。手間をかけて作る椿炭は質が良く、島内の飲食店や茶道の先生など、少しずつ顧客が広がっていきました。 もう一つは、駄菓子屋台いえすの運営。廃材を利用し、屋台を自分で製作しました。林業とは一見かけ離れた活動ですが、地域のお祭りイベントなどに出展し、子どもたちの笑顔が集まる場所を作り、親世代には懐かしさを提供する中で、「実は私、林業の協力隊なんです」と本業を語るきっかけとなりました。「駄菓子屋は林業とは程遠いように思えますよね。でも、駄菓子屋が少し話題になると、どんな人がどんな背景で始めたのか尋ねられるきっかけになって。『実は私…』って感じで本業の林業のお話をする機会ができたり、身近に感じてもらえて嬉しかったです」
林業振興の根本的な解決は難しい面もあると感じながらも「自分なりに見てきたものや感じたことを発信したい」と始めた椿炭づくりや駄菓子屋は、彼女ならではの個性を生かした、林業の魅力を再発見するための発信材料となりました。


子どもの未来を想う決断と繋がり続ける林業への情熱
島を離れるという決断
「退任後も島に残り、林業の魅力を伝え続けていきたい」——そう考えていた森さんでしたが、3年の任期を目前に、島を離れるという苦渋の決断を下します。 きっかけは、息子さんの体調の悪化でした。小児科に通い、歯医者にも行ったけれど、原因が分からない。医療体制が脆弱な離島では、専門的な診断に時間がかかり、困難を極めました。最終的に、船で渡った長崎市の大きな病院で原因がわかり、適切な治療を受けることができましたが、そこまでの道のりは不安なものでした。この経験から、「1人で対応することの限界」を痛感し、子育てを重視した母としての責任の重さと真剣に向き合った末の「誠実な選択」でした。息子さんも五島の暮らしを楽しんでいたので、そこにも葛藤がありました。春には小学校に上がるという時期も重なり、この島での将来設計を描き始めた矢先の決断でした。
島で蒔いた種が、次の場所で花開く
島を離れることへの未練や、地域おこし協力隊の3年間のミッションを完遂できなかった悔しさはありましたが、その後も「山で働く」という信念は変わりません。林業の魅力を知ったこと、この経験を伝えて行きたい気持ちがあり、他県の森林組合への就職を決めました。次は現場ではなく、広報や企画の仕事です。島で種を蒔いた林業の「情報発信」への想いが、次の場所で花開こうとしています。
「やったことは無駄じゃない。全ては繋がっている」 森さんの人生は、服飾の専門学校、タレント業、結婚、出産、飲食店向けの野菜作り、移住して林業と、自身の直感を信じ選択してきた道のりでした。一見繋がっているようには見えないけれど、「やってきたことはどれも無駄じゃなかったなと。いいのか悪いのか、まだ様々な経験をしている途中ですが、すべては繋がっていると感じるようになりました」と言います。新上五島町での2年半は、その確信を深める貴重な経験となりました。
「島で出会った方々に島を離れることをお伝えしたら、みなさんが寂しいという言葉と頑張ってねという言葉を両方言ってくれます。温かい方々に囲まれた2年半は、本当にかけがえのない時間でした。特に炭焼きを一緒にしていた網田さんには、孫のようにかわいがってもらっていましたので、伝えたときには涙を流されて、私も泣いてしまいました。」
これから地域おこし協力隊として島に来る人々へ、森さんはこうメッセージを送ります。 「地域からの期待に気負うよりも、まずは人との繋がりを大切にしてほしい。結局、何が良かったかって言ったら、人とのつながりです。島での経験は、どんな形であれ、必ず人生の糧になります」 青い海に囲まれた島で芽吹いた、林業への情熱。その種を大切に抱えて、森さんは今、新しいフィールドへと歩みを進めています。場所は変わっても、「伝える」という彼女の挑戦は、これからも途切れることなく続いていくはずです。
【取材後記】 森桜さん。お名前を聞いた際、「木」という漢字が4つも入っていて、これは偶然ではなく山の仕事に導かれたようだと思いながらお話を伺いました。取材中、森さんが語る言葉には一切の飾りがなく、男性ばかりの現場で働いた日々も、母として下した決断も、すべては「自分に嘘をつかない」という森さんの潔さから来ていることを感じました。 「全ては繋がっている」という言葉は、理想と現実の間で揺れる多くの人の背中を、優しく、でも力強く押してくれるはずです。 この島で耕した道は、次にバトンを受け取る誰かの足元を、きっと明るく照らしてくれていることでしょう。


このプロジェクトの地域

新上五島町
人口 1.50万人

新上五島町が紹介する新上五島町ってこんなところ!
この島は、自然との距離が近い。 時を忘れて浸ることができる。 街を歩けば、神社仏閣、教会など、 歴史や文化が生活に溶け込んでいる。 町民の気質は「お互い様」。 訪問客とも飾り気のない触れ合いをする。 この島にいる間は、時間に縛られなくていい。 自分の体内時計に従って、 のんびり自由に過ごすことができる。 頭と心をリセットし、 自分のやりたいことを見つけよう。
私たちは、世界中の人たちに、 自分と向き合う時間を提供します。
このプロジェクトの作成者
・新上五島町は、長崎県五島列島(九州の西端)に位置する島で、7つの有人島と60の無人島で構成されています。 ・新上五島町は細長い島で、山々が連なり入り組んだ地形をしており、リゾート地のようなエメラルドグリーンの海や水平線に沈み島を赤く染める夕陽、圧倒的な自然や教会群が魅力です。 ・島には、コンビニ、スーパー、ドラッグストア、ホームセンター、病院、学校(大学を除く)等の施設があり、生活するうえで必要なものは島内で購入することが可能です。 また、漁業・農業・建設業・医療・介護・交通・各種サービス業等、様々な業種があり特産品の「五島手延うどん」や「椿油」、「かんころもち」等の製造業もあるなど歴史や文化を感じながら働くことができます。 (新上五島町公式HP:https://official.shinkamigoto.net/) (新上五島町観光HP:https://shinkamigoto.nagasaki-tabinet.com/) (新上五島町移住HP:https://kami510.com/)



















