
「やってみたい」に寄り添う、五島列島・新上五島町で歩み始めた地域おこし協力隊
公開日:2026/02/04 07:57
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2026/02/04「興味ある」が押されました!
2026/02/04新上五島町の地域おこし協力隊として、高校魅力化向上のためアントレプレナーシップ教育などに携わる岸川桃子さんに話を伺いました。 現在、彼女は若者の「やってみたい」に寄り添う伴走者として、島の未来と向き合っています。その原点は、長崎県対馬の分校で地域の大人に見守られ、誰かと比べられることなく過ごした幼少期にあります。 大学卒業後、体育教師として対馬高校と上五島高校に赴任。生徒と向き合う中で、既存の教育枠組みでは拾いきれない「学び」や「思い」の存在に気づいたことが、大きな転機となりました。その後、島根県海士町での「大人の島留学」やビジネスコンテストへの挑戦を経て、29歳となった今、再び教師ではなく、地域おこし協力隊として上五島へ。自らの歩みを土台に、島の若者たちが自分らしく挑戦できる環境を築いています。
新上五島町で始まった、伴走する協力隊のかたち
現在、岸川さんは高校の体育教師として働いてきた経験を活かし、新上五島町の地域おこし協力隊として、高校を拠点に、地域と連携した学びの場づくりに取り組んでいます。 ここで大切にしているのは、先生でも親でもない、少し距離のある「斜めの関係」──答えを教える存在ではなく、そばで見守る存在でいることです。
「答えを教える存在ではなく、やってみたいと思ったときに、そばにいる人でいたい」
高校生たちと関わる中で、少しずつ変化が見えてきています。これまで自分の意見を言えなかった生徒が、ある日ふと、自分の言葉で話し始めた瞬間。それは目に見える成果ではありませんが、本人にとっては確かな一歩でした。
島には、人との距離の近さや、偶然の出会いがあります。カフェをやってみたい、イベントを開いてみたい、誰かと話してみたい。そんな小さな「やってみたい」が、誰かの「いいね」や「一緒にやろう」で次につながっていく土壌があります。
協力隊としての1年目、岸川さんが活動の軸に据えているのは、「つながる・広がる」というキーワードです。高校生と地域の大人、町の中と外、島内と島外。さまざまな人や価値観が交わる“接点”を丁寧につくることに力を注いできました。
外部人材や大学生、地域で活動する大人たちと高校生が出会う場をつくり、「こんな生き方もある」「こんな仕事もある」と、選択肢に触れる機会を増やしてきました。それは何かを決めさせるためではなく、「材料を集める時間」をつくるためです。
「今は、答えを出す時期じゃないと思っています。まずはいろんな人と出会って、話して、自分の中に問いをためていく。そのための1年目です」
そして次の年度に見据えているのが、「巻き込む・巻き込まれる」という関係性です。 大人が用意した場に高校生が参加するのではなく、高校生自身が地域に関わり、地域の一員として自然に“混ざっていく”状態を目指しています。
「高校生が何かをやらされる存在ではなく、地域の中で一緒に動いている存在になれたらいい。巻き込んでいるようで、実は巻き込まれている。そんな関係が理想です」
人と話すのが苦手だった生徒が、ある日、自分の言葉で思いを伝えられたこと。 その変化は小さく見えるかもしれませんが、岸川さんは、そうした“目に見えにくい一歩”こそが、これからの人生を支える力になると感じています。
「島の若者の『やりたい』を、環境や距離を理由に諦めさせたくない」
岸川さんが語る言葉には、迷いのない強さがあります。しかし、かつての彼女は、教育現場の最前線で「自分に何ができるのか」と人知れず自問自答を繰り返していました。その揺るぎない信念の根っこにあるのは、故郷の対馬で育まれた温かな記憶と、一度は島を離れたからこそ見えた景色でした。


誰とも比べられず、のびのびと島で育った学生時代
岸川さんの価値観の土台には、長崎県の離島である対馬市で高校生まで過ごした日々があります。通っていた小学校は分校で、学年に数人しかいない環境でした。岸川さんは5年生まで学年に1人。学年を越えて机を並べることも珍しくありません。そこには、順位や点数で比べ合う空気はなく、できることもできないことも、自然と受け止められる時間が流れていました。 学校の外に出れば、地域の大人たちが当たり前のように声をかけてくれます。
「今日は学校どうだった?」 「部活、頑張ってるね」
そんな何気ないやり取りの積み重ねが、日常の中にありました。特別なことをしてもらったという感覚はなくても、「いつも誰かが見てくれている」という安心感が、幼い頃の岸川さんを包んでいたといいます。
「誰と比べられることもなく、地域の方々が自然と関わり、育ててくれました。あの環境で過ごした日々が、今の活動のエネルギーになっています」 学校と地域の境界はとてもあいまいで、先生も保護者も、近所のおじちゃんおばちゃんも、みんなが顔見知り。子どもたちは「守られている存在」であると同時に、「地域の一員」でもありました。その中で育った経験は、「教育は学校の中だけにあるものではない」という感覚を、岸川さんの中に自然と根づかせていきました。
中学、高校と対馬で過ごしますが、大学進学を機に島を離れ、将来の進路として選んだのが体育教師という道でした。身体を動かすことの楽しさや、仲間と目標に向かって取り組む時間の価値を、次の世代に伝えたい。そんな思いが、教師を目指す原動力になっていました。
卒業後は体育教師として対馬高校、そして上五島高校へ赴任します。 初めて立つ教壇、初めて受け持つ生徒たち。慣れない環境の中で、目の前の仕事に必死に向き合う日々が始まりました。印象に残っているのが、テニス部の顧問として過ごした時間です。生徒たちは技術の向上だけでなく、戦術や身体の使い方、練習の意味など、知識を得ることにもとても貪欲でした。 「もっと知りたい」「もっと上手くなりたい」 その思いを、遠慮なくぶつけてくる生徒たちの姿は、とてもまっすぐでした。 「“今を懸命に生きる”って、こういうことなんだなと、生徒たちから教えてもらいました」 教師として教える立場でありながら、学ばされることの多い日々。 生徒一人ひとりが、それぞれの目標や悩みを抱えながら、目の前のことに全力で取り組んでいる。その姿を間近で見続ける中で、岸川さんの中に、ある違和感も芽生え始めていました。 成績や進路といった、分かりやすい物差しだけでは語りきれない、生徒一人ひとりの思いや個性。 部活動では輝いているのに、教室では言葉を飲み込んでしまう生徒。 将来の夢を語るときだけ、表情が変わる生徒。
「この子たちの『やってみたい』は、どこで形になるのだろう」 「学校の外に、その受け皿はあるのだろうか」
そんな問いが、日々の指導や何気ない会話の中で、少しずつ心の中に積み重なっていきました。対馬の分校で感じていた“地域に育てられる感覚”と、目の前の教育現場。その二つが重なったとき、岸川さんの中で、次の一歩を探す気持ちが静かに動き始めていました。


教師を辞め、答えのない問いと向き合った島時間
高校教師として生徒と向き合いながらも、どこか心の中で「まだ言葉にできていない問い」がくすぶっていた岸川さん。その問いを確かめるように、次に選んだ一歩が、島根県の隠岐諸島にある海士町(あまちょう)での「大人の島留学」への参加でした。この制度は、地域に関心を持つ大人が一定期間島に滞在し、地域の仕事や暮らしに深く入り込みながら「暮らしの中の学び」を体感するものです。
海士町に滞在した岸川さんも、初めは教員としての視点で島に立っていました。しかし、学校という既存の枠組みを外れ、地域固有の課題や暮らす人々の等身大の価値観に触れる中で、長年抱えていた違和感が、少しずつ鮮明な言葉となって溢れ出していきました。 「島での生活は、教える・教えられるという上下の関係ではなく、一人の人間として対等に『一緒に考える』関係が自然に生まれるんです。都会では結果や評価が先行しがちですが、ここでは過程や気持ちの揺れこそが大切で、それ自体が豊かな学びになると感じました。たとえ失敗しても、周りがそれを面白がって受け止めてくれる。そこからまた新しい何かが生まれるんです。」
そんな日々の中で芽生えたのが、長崎県主催のしまのビジネスコンテスト「しまチャレ」への挑戦でした。岸川さんが形にしたのは、学校の中だけでは拾いきれない声を、地域の力と組み合わせて引き出していく「島の若者の挑戦の場」を作る構想。それは、彼女が教育現場でずっと感じてきた「学校の外に、その受け皿を作りたい」という切実な願いそのものでした。
迎えた本番、壇上に立った岸川さんは、言葉にすることへ不安を抱えながらも、真っ直ぐにこう語りました。 「離島教育を変えたい。希望を持つ子供たちに、体験や挑戦ができる場を絶対に提供したいと思っています」 審査では「なぜ自分がやるのかという熱量が、周囲を動かす力になっている」と高く評価され、見事最優秀賞を受賞しました。それは、一人で抱えていた問いが他者の共感を得て、確かな“形”になった瞬間でした。海士町での暮らしと「しまチャレ」への挑戦は、彼女の問いが島というフィールドで言葉として育ち、次の旅路へ背中を押してくれる貴重な時間となったのです。この体験が、地域おこし協力隊として再び新上五島町へ向かう決断に、揺るぎない確信を与えてくれました。
「離島の教育現場で、若者が自分らしく挑戦できる場を作りたい」
岸川さんが自身の生き方と深く向き合った結果、たどり着いた答えは「長崎の離島で挑戦する」ことでした。教員に戻るか、学びを深めるか悩み抜きましたが、最終的に「実社会の中で理想を具現化する道」を選びました。 挑戦の場を模索する中で出会ったのが、新上五島町です。「ここだったら私の想いをストレートに表現できるかも」という直感が働きました。 岸川さんは導かれるように、再び上五島へと戻ってきました。かつての教え子たちが暮らすこの島で、今度は「地域おこし協力隊」という新しい立場で、若者たちの「やってみたい」に一番近い場所で寄り添い、その挑戦を見守る日々を歩み始めています。
【取材後記】 岸川さんを取材して感じたのは、彼女自身が誰よりも「学び続けている人」だということでした。対馬での原体験、教師時代の葛藤、海士町での挑戦。これらを丁寧に内省し、現在の活動へと一本の線でつなげています。 迷い、問いを持ちながらも立ち止まらずに考え、動く。その姿こそが、岸川さんにとっての「学び」の本質であり魅力なのだと感じます。新上五島町でこれからどんな学びが育っていくのか。彼女が切り拓く島の未来が楽しみです。


このプロジェクトの地域

新上五島町
人口 1.50万人

新上五島町が紹介する新上五島町ってこんなところ!
この島は、自然との距離が近い。 時を忘れて浸ることができる。 街を歩けば、神社仏閣、教会など、 歴史や文化が生活に溶け込んでいる。 町民の気質は「お互い様」。 訪問客とも飾り気のない触れ合いをする。 この島にいる間は、時間に縛られなくていい。 自分の体内時計に従って、 のんびり自由に過ごすことができる。 頭と心をリセットし、 自分のやりたいことを見つけよう。
私たちは、世界中の人たちに、 自分と向き合う時間を提供します。
このプロジェクトの作成者
・新上五島町は、長崎県五島列島(九州の西端)に位置する島で、7つの有人島と60の無人島で構成されています。 ・新上五島町は細長い島で、山々が連なり入り組んだ地形をしており、リゾート地のようなエメラルドグリーンの海や水平線に沈み島を赤く染める夕陽、圧倒的な自然や教会群が魅力です。 ・島には、コンビニ、スーパー、ドラッグストア、ホームセンター、病院、学校(大学を除く)等の施設があり、生活するうえで必要なものは島内で購入することが可能です。 また、漁業・農業・建設業・医療・介護・交通・各種サービス業等、様々な業種があり特産品の「五島手延うどん」や「椿油」、「かんころもち」等の製造業もあるなど歴史や文化を感じながら働くことができます。 (新上五島町公式HP:https://official.shinkamigoto.net/) (新上五島町観光HP:https://shinkamigoto.nagasaki-tabinet.com/) (新上五島町移住HP:https://kami510.com/)



















