
近江商人のまちで、あたらしい挑戦を。 -地域おこし協力隊 Part8-
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2026/04/25「興味ある」が押されました!
2026/04/09こんにちは! 近江八幡市地域おこし協力隊の村松珠季です。 文化・芸術によるまちづくり担当で、着任して2年目になります。
主な活動として、近江八幡の文化や歴史、自然などを調べたり体験したりして、美術作品をつくっています。 また、地域の人が参加できる美術のワークショップも開いています。
今回は、 ・着任するまでの経緯 ・活動内容 ・協力隊活動や近江八幡での生活の魅力 を簡単に紹介したいと思います。
近江八幡への移住や協力隊活動に興味を持たれている方の参考になれば幸いです。
着任するまでの経緯
【協力隊になった理由】 協力隊になる前は、東京で美術作品をつくりながら、美術大学の職員として働いていました。ただ、職員として働いていると制作に時間を割くのが難しく、創作活動に専念したいと思うようになりました。そんな時に、協力隊に芸術分野の募集があることを偶然知りました。創作活動に専念にして給与をいただけるという仕事はとても魅力的だったので、すぐに転職を決意しました。
【着任するまでの流れ】 ●応募前 応募すると決めてからは、協力隊についてインターネットで調べ、この「スマウト」や協力隊経験者の個人ブログなどを読み漁りました。また、当時いくつかの自治体が芸術分野の協力隊募集を行なっていたので、その中で比較して自身の求める条件に近い自治体を探しました。なお、最終的に近江八幡市に決めたのは、 ・特定の施設や職務に縛られず、どのような活動をするか自身で考え提案できる ・報償費や活動経費の条件が良い ・東京とある程度行き来がしやすい ・町並みや文化、自然が魅力的 ・歓迎要件が自身に当てはまっていて、前職での経験を活かせそう といった理由でした。 また、募集の多くは運転免許が必須だったので、大急ぎで取りました。
●一次選考(書類選考) 募集要項と照らし合わせながら、近江八幡が抱える課題を調べ、それに対して自身のやりたいことを盛り込んだ企画書を提出しました。提出前には、当時の上司や知り合いの研究者に企画書を見てもらいアドバイスをもらって書き直しました。
●二次選考(面接試験) 近江八幡市の担当課の職員の方数名による面接で、オンラインで受けました。面接の中で、私は「地域の人と良好な関係を築くために、『興味を持って質問をする』ということを大切にしたい」と伝えました。活動している今でも時々思い出して意識しています。
●採用後 採用の通知を受けた後、着任に向けた打ち合わせがあり、このときに初めて近江八幡を訪れました。移住までの数ヶ月の間に、前職の引き継ぎや家探し、引っ越し準備などを慌ただしく進めました。
私の活動
【活動の概要】 私の近江八幡での協力隊としてのミッションは、芸術・文化財分野の魅力の掘り起こしと情報発信です。 具体的には、近江八幡の文化や歴史、自然などを題材に美術作品をつくることで、地域資源の発掘・再提示を目指しています。また、作品をつくる過程をワークショップに落とし込み市内で実施することで、近江八幡市における美術への関心や生涯学習に対する意欲の向上に貢献したいと考えています。
【着任してからの一年間で取り組んだこと】 まず、近江八幡にどのような面白いものがあるかを知ることから始めました。 市内や周辺地域の施設・自然環境・行事等を見てまわり、文献資料を読み、市役所職員や地域の方々からお話をうかがいました。また、左義長まつりやヨシ刈りなどの伝統文化を体験する機会にも積極的に参加しました。 特に左義長まつりは昨年に引き続き二度関わらせてもらっており、ダシの制作をしたり、当日は担ぎ手として参加させてもらったりしています。ダシの制作は、年明けごろからまつり当日の三月中旬までの数ヶ月間、毎日行われます。皆さん温かく迎えてくださり、まつりやダシの作り方について教わっています。 あわせて、市内外で美術のワークショップを三回実施したり、「いちにちアトリエ」という創作の場を開いたりしました。 そのほかにも、情報発信のため、活動の様子を広報紙にまとめ市内で配布したり、SNS(Instagram @tama_aroe)で投稿したりもしています。
【求められるものと実状】 近江八幡では「BIWAKOビエンナーレ」という国際芸術祭が数年に一度、定期的に開催されてきました。他方で、採用時に担当課の方から言われたのは、「BIWAKOビエンナーレ」とは別の文化・芸術のプログラムを走らせてほしいということでした。 実際に近江八幡で暮らしてみて感じるのは、大きな芸術祭があるのに対して、地域と芸術との間にはまだ距離が少しあるのかもしれない、ということです。一方で、市内で実施したワークショップには多くの方が参加してくださり、「いちにちアトリエ」もすぐに定員が埋まりました。 このことからも分かるとおり、子どもや保護者の方々の創作への関心は確かにあるようです。こういった現状に対して、芸術祭のような特別なイベントと近江八幡での暮らしの間を橋渡しするような文化的な活動をすることが、私ができる一つの解答なのではないかと考えています。


地域おこし協力隊としての活動と近江八幡での生活の魅力
【協力隊として移住して良かった点】 「市から委託を受けてまちおこしをしている」という明白な立場があるおかげで、いろいろな場所に足を運びやすかったり、様々な方と知り合えたり、情報が集まったりします。
そして、自主企画を行う際にも市の協力を得られるため、市内で活動するハードルが下がったり、広報が容易になったりします。そういった点が、個人で移住するのとは異なる、協力隊のメリットだと思います。
【近江八幡の魅力】 八幡堀や歴史的な町並みは言うまでもなく素晴らしいですが、それ以外にも、田んぼや川、山、湖がそばにあり、季節の生き物をまちなかで見ることができるのも魅力の一つです。個人的には、カエルの大合唱やオケラが地面をトコトコ歩いている光景が、初めての経験で驚きました。
また、移住して来るまで知りませんでしたが、琵琶湖はとても良い場所です。琵琶湖沿いを走るさざなみ街道は、風景が美しくドライブにうってつけです。
近江八幡から車で30~40分ほどの距離には琵琶湖博物館があります。さざなみ街道を通って、琵琶湖や田畑、湖岸のまちなみ、緑の木々、山脈、広い空を眺めながら博物館へ向かうのはとてもワクワクします。
市内に話を戻すと、近江八幡には町屋などを活用したおしゃれなお店や、適切な価格でとても美味しい飲食店がたくさんあります。そして、東京と比較すると、どこへ行っても混んでいることがほとんどありません。日常生活のなかで喧騒や過剰な広告に触れることがなく、穏やかな気持ちで過ごせるようになりました。
さらに、左義長まつりや活動を通じて出会った方々など、近江八幡には親切な人が多いと感じます。どこへ行っても気さくに話しかけてもらえるので、とても助かっています。
【活動する上で大変なこと】 といっても、今のところ特にないです。近江八幡は市街地に住んでいれば、必要なものが揃っているので生活に苦労することはありません。徒歩や自転車、バスで大体移動できますが、車があるととても便利です。
また、私の場合は夫がともに移住してくれたことがかなり精神的な支えになっています。ほかにも、まちづくり会社や「しがごと、まるごと」という滋賀県の協力隊ネットワークの方、市役所職員の方など、親身になってくださる方々がいます。 孤立せずにそういったサポートが受けられる環境かどうかも、協力隊をやっていく上で重要です。


このプロジェクトの地域

近江八幡市
人口 7.87万人

近江八幡市が紹介する近江八幡市ってこんなところ!
本市は、湖上の交通路と陸上交通路の要衝地として発展し、各時代の重層的で多様な歴史文化が現在のまちの趣や品格を形成しています。 戦国時代に楽市楽座令が布かれた地域として、古くから商人の往来があり、本市は、外から多くの人々を受け入れてきた長い歴史と、各地からの物資や情報が集積する地としての性格を有しています。また、本市は、外から人・物・情報を受け入れるだけではなく、江戸時代から他国で商いを行う(行商、出店)、旅行者としての長い歴史も有しています。 本市には、琵琶湖の豊かな水及び土壌のもとで長年受け継がれてきた伝統野菜や湖魚を使った伝統的な郷土料理、市内各地で様々に発展してきた集落の生活文化、火祭りをはじめとした特色ある祭礼及び年中行事、内湖、湖上交通等に支えられたヨシ製品などの産業・生業が、暮らしの中に脈々と息づいています。 また、八幡商人の倫理及び道徳をはじめ、ウィリアム・メレル・ヴォ-リズの活動にも見られる「社会貢献」の精神風土が現在も大切に受け継がれています。
このプロジェクトの作成者
近江八幡市といえば、多くの映画ロケ地にもなる「八幡堀」、織田信長の居城であった「安土城址」、風情ある西の湖の水郷景観に、琵琶湖唯一の有人島である「沖島」など、歴史と文化、そして自然が調和したとても風光明媚なまちです。 ですが、近江八幡の本当の魅力はそこで暮らす、関わる「人」にあります。「三方よし」で知られる八幡商人(近江商人)や、名誉市民第1号でもあるウィリアム・メレル・ヴォーリズの社会貢献の精神は脈々と受け継がれ、今なお市民活動がとても盛んな地域です。 とても熱意のある、とてもおもしろい人たちがこのまちにはいます。そんな人たちと一緒になってまちを盛り上げる仲間に加わってもらえませんか!?


















