
【おといねっぷ活性化起業人紹介】Vol.1
公開日:2026/06/15 06:42
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2026/06/15【眠っている村の宝を掘り起こして、リフレーミングする】
企業が社員を自治体に派遣し、地域貢献活動を支援する総務省の制度「地域活性化起業人」。地域の課題解決のために、専門的なノウハウや知見を持った社員が即戦力として活躍するこの制度で、音威子府村の活性化を目指す起業人たちがいます。
その一社、東京に本社を持つKAYAC SANKOの宇野さんと宮田さんに、地域活性化起業人としての活動と今後のビジョンについてお聞きしました。
取材/2025年10月
何がどうなるかわからない、それが面白そうだった
1965年の創業以来、広告・プロモーション・ブランディングというコミュニケーション領域を軸に、広告事業・eスポーツ事業・マンガデザイン事業を展開してきたKAYAC SANKO。その根幹にあるのが、江戸時代の近江商人に学んだ、売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」の精神です。2020年に面白法人カヤックのグループ会社となり、2025年4月に創業60周年を迎えました。
音威子府村の地域活性化起業人に参画したきっかけについて、代表取締役の宇野さんは「昨年の冬にカヤックグループの経営会議で、新たな路線も広げていきたいという話をしたんです。それを覚えていた人が、音威子府村での活動を提案してくれて。初めて聞いた村で、何がどうなるかわからなかった。でも、そこが面白そうだと思ったんです」と話します。社員の中から入社3年目の宮田さんを派遣した理由を問うと、「宮田は動画やアートカルチャーに造詣が深いので、音威子府村に合うだろうと思いました」と宇野さん。
高校時代から芸術系の学科で学び、芸術大学に進んだ宮田さんは、マンガデザインを活用した企画・制作を業務とする会社を経て今の会社に転籍しました。宮田さんも「僕は休日も美術館や博物館、あとは映画館に入り浸っているタイプ。砂澤ビッキも以前に美術展で見た覚えがあって、より興味を持ちました」と、大きな期待を胸に音威子府村にやって来ました。
もともとグラフィックデザイナーだった宇野さん。ニューヨークへ渡った1995年当時は、紙を中心としたリアルなイベントや公共空間を彩るデザインが主な仕事でした。「非営利団体や病院、美術館といった文化施設のための情報デザインを手がけていました。人がそこに足を運んでくれるきっかけをつくり、訪れた人が情報に触れることで新しい気づきを得る。そういう過程が本当に楽しかったですね」と当時を振り返ります。
ロンドンでも経験を積んだ宇野さんは、出産を機に日本へ帰国。約9年間の海外生活を経て、広告会社のSANKOで新たなキャリアをスタートさせます。会社は2020年11月に面白法人カヤックの一員となり、その翌年に代表取締役に就任した宇野さんの中で、ある変化が起きていました。「東京の会社だとクライアントは都内近郊が多く、地元という感覚が生まれにくく、地域のために何かをしようという発想まで至らなかったんです。でも、カヤックの『地域資本主義』という考え方はユニークで、少しずつ関心が芽生えていました」。
そんな時に舞い込んだのが音威子府村の地域活性化起業人の話でした。カヤックのグループ会社として、地方の自治体とがっちりと組んで仕事をしてみたいと考えていたこともあり、二つ返事で受託することに。「村長に会ってみたら、パッションの塊。エネルギーに満ちていて、こういうリーダーが率いる村なら、挑戦する環境づくりを応援してくれるだろうなと直感しました」。


貴重な情報を映像という形で後世に残す
KAYAC SANKOチームが取り組んでいるのは、「エコミュージアムおさしまセンター・アトリエ3モア」のブランディングとプロモーションです。まず手始めに、名誉館長の河上實さんへのインタビュー動画を撮影しています。
「砂澤ビッキともディープに交流してきた方なので、貴重な情報をたくさんお持ちなんですよ。それを映像という形で後世に残したいと思って」と宇野さん。宮田さんも「芸大で映像分野をやっていたので、そのスキルを生かした仕事が出来ています」と笑顔で語ります。
取材した動画や資料などを編集していくつかの映像を制作する計画ですが、その第1弾として、河上さんへのインタビューをまとめた約20分間の映像「風の記憶」が完成し、2026年2月20日に先行上映会が開催されました。午前と午後の2回行われた上映会には、村の人口の約1割にあたる50人以上が参加して大いに盛り上がりました。
制作する映像にはアーカイブとしての役割も持たせたいというのが宇野さんたちの考えで、最終的にミュージアムへの寄贈を想定しているそうです。「ミュージアムで流している映像も、一番新しいもので約10年前、あとは30年前、40年前のものです。生前のビッキの映像も残っていますからね。そこに新しい映像をプラスすることで、ミュージアムの輪郭がさらに明確になるはずです」。
「風の記憶〜エコミュージアム河上名誉館長の語る砂澤ビッキ〜」は、2026年4月26日から「エコミュージアムおさしまセンター・アトリエ3モア」で一般公開されます。


村に埋もれたままの芸術資産を「発見」する係
音威子府村での活動で宇野さんたちが気づいたのは、村に眠るクリエイティブな資産の膨大さでした。
音威子府村と中川町にまたがる、北海道大学の研究林「中川研究林」の庁舎入口には、砂澤ビッキが制作した3本組のトーテムポール《思考の鳥》がありましたが、今は風化で崩れています。宇野さんが中川研究林の事務所を訪れたとき、それを立てた時の写真を発見したのです。「事務所のメンバーも知らなかったもので、これは重要だからアーカイブしましょうと役場の人に勧めました」。
さらに見つけたのは、インドの染織家・織物デザイナーのナイクサタム氏でした。1981年に国際交流基金の招聘で来日し、ビッキと同じ時代に音威子府村で活動していながら、ほとんど知られていない国際的アーティストです。村内には彼の貴重な作品が残されていますが、村の風景になじんで、村民にとって当たり前の存在になってしまっています。「その存在価値を再発見するのが、我々のような第三者の役目だと思います」と宮田さん。
自らを「発見係」と呼ぶ宇野さんたちが手がける、一見地味な作業の数々。しかし、そこには確かな視点があります。「村外から来る起業人だからこそ、音威子府の宝が見つけやすいんです。村の柱となるビッキの存在がアーカイブされなかったら、このまま消えてしまいます」と宇野さん。 宮田さんも「資料として残さないと歴史の研究もできませんし、伝承されなかったとしても掘り起こすことができない。伝統や文化や芸術は一度失われると復活しないんです」と語ります。
KAYAC SANKOチームにとって、音威子府村の新たな魅力を引き出していくことは「ともに こえて つくる」という同社の経営理念をそのまま具現化する取り組みです。宇野さんも「村役場や村民の方々、その他の地域活性化起業人や地域おこし協力隊のメンバーとともに、既成概念や枠組みを超えて、音威子府村の未来をつくっていけたらと思っています」と意気込んでいます。
プロデューサーとしての視点も変わりました。「村長とのコミュニケーションが密なこの環境を活かしながら、若いメンバーが主体となって好きなことに関われるプロジェクトをつくるのが理想です」。そのビジョンを支える基盤が起業人制度です。「とてもいい制度だと思います。ふるさと納税とは違って、損得ではなくご縁で繋がった地域を応援したいという意識を向けるきっかけになりますから」。
かつて、音威子府駅前にはビッキ作の「オトイネップタワー」がそびえ立っていました。
「この創造性豊かな村の象徴として、かつてのオトイネップタワーのような新たなシンボルができたらいいですよね!日本中、世界中からもアーティストが来て、村民ともつながっていく。それが今の妄想です」という宇野さんに、宮田さんが「コツコツと実現していきます!」と応じます。
これまで培った「人を動かすデザイン」の経験が、起業人という制度を通じて、北海道の小さな村で新たな意味を持ち始めています。都市と地方、過去と未来、個人と地域……クリエイティブとアートの文脈が強い音威子府村で、宇野さんと宮田さんの「ともに こえて つくる」は続きます。


このプロジェクトの地域

音威子府村
人口 0.06万人
北海道音威子府村が紹介する音威子府村ってこんなところ!
北海道のほぼ中心に位置する旭川市と、最北の稚内市のほぼ中間に位置するところに、人口が600人ほどの北海道で1番小さな村(おといねっぷ村)があります。
過疎最先端地で人口は少ないけれど、その分唯一無二な地域資源(人・文化・鉄道・村立美術工芸高校・木工・芸術などなど)が沢山あります。どこの地域よりもスピード感があって、おもしろいことに敏感で、能動的でチャレンジできる方を求めている地域です。



















