
【おといねっぷ夢中人カタログ】Vol.2
公開日:2026/06/08 01:59
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2026/06/08【作品のクオリティに驚いた着任時の思いを忘れずに、生徒たちが社会と関わる環境づくりを進めた校長の話】
おといねっぷ美術工芸高等学校(おと高)には、道内はもちろん全国から多くの生徒が集まります。そのおと高で3年間にわたって校長を務めた菊地裕幸先生が、2026年3月をもって離任しました。
着任当時、生徒の作品を見て「これはすごい!」と衝撃を受けた菊地先生は、そのクリエイティブを世の中に出そうと各方面との連携を進めてきました。音威子府を離れるにあたり、3年間の軌跡についてお話を伺いました。
取材日/2026年3月
高校と村の両輪を回しながら持続可能な展開を図る
「もともと工業畑で、アートや木工については全くの門外漢ですし、絵心もないんですよ」。そう笑う菊地先生が、苫小牧工業高校からおと高にやってきたのは2023年4月のこと。「そんな私が見ても、生徒たちが作るものの素晴らしさはすぐにわかりました。その衝撃は今も忘れません」。
村の状況についても危機感を抱いたそうで、「村立高校ですから、村が立ちゆかなくなれば学校も続きません。逆に、生徒が集まらずに閉校となれば、この村自体の存続も危うくなります」。菊地先生は、高校と村、その両輪を回しながら持続可能な展開ができないか検討を始めました。
そこで考えたのが、生徒の作品に価値付けをして多くの人に知ってもらうことでした。「それは生徒自身のためでもあります。自分が表現したい作品づくりだけではなく、自分の作品が誰かのためになる、自分のデザインで社会に貢献できる、それができれば一人ひとりの成長につながると確信しました」。
その実現のためには、地域社会や企業との連携が不可欠です。菊地先生は村長や教育長に相談して、村長や校長の名刺のデザインや、村のふるさと納税の返礼品制作などの案件を受託。さらに、株式会社セコマとのコラボにより、生徒たちはポイント還元商品の制作や年賀状のデザインなどにチャレンジしてきました。
「中でも、セイコーマートのポイント還元商品『おと高スター(オトコースター)』は印象深いですね」と菊地先生。ちなみに、生徒が作った木製のコースターに、おと高とスターをかけた「おと高スター」とネーミングしたのは遠藤村長だそうです! 他にも、JR北海道の観光列車「秋たび そうや」のヘッドマークエンブレム、そのデザインも生徒が手がけました。
社会との結びつきを実感できるクリエイティブが生徒に与える影響とは? 「例えば私の名刺でも、それが相手に渡るシーンをイメージして、学校の特色や魅力が伝わるようなデザインや色彩にしてほしいと注文しました。年賀状にしても、送り主の年齢層を考え、そこに音威子府らしさを加えて、使っていただけるものにしなければなりません。そのためには村についての理解を深めることも大事なので、自分たちで調べたりする。これは大きな成長になる学びです」。
「秋たび そうや」号のエンブレムも、沿線の旭川から稚内の間にどんなまちがあって、どんな自然環境があるのか、生徒それぞれが調べた内容を元に作品化を進めました。「自分の作品が社会の役に立つ、高校時代にそんな経験ができたら最高じゃないですか。生徒たちが他者と関わるものづくり、作品づくり、デザイン作成、これに取り組んできた3年間でした」。


生徒の背中を支えるたくさんの大人たちがいる
現在、おと高生は約120人の全校生徒が親元を離れて寮(チセネシリ寮)で生活しています。「1学年40人だけのつながりじゃなくて、寮生活を通じて先輩との縦のつながりも強くなります。本当に兄弟姉妹のような関係性が生まれるんです」。
一方、良くも悪くもオン・オフがない毎日の中で、人間関係に悩む生徒もいるそうです。「そんなときには我々がいます。舎監や寮監、食堂のスタッフ、全員でサポートに当たります。苦しさを乗り越えて前を向くために、大人たちがみんなで生徒の背中を支えているんです」。頼れる大人がたくさんいる安心感の中で、生徒たちは自分の道を歩んでいきます。
「転退学が非常に少ないことも、おと高の大きな特徴です。明確にやりたいことがある生徒ばかりですし、みんな覚悟を持ってこの音威子府に来ていますから」。この学校でしか味わえない、濃厚で何物にも代えがたい3年間。「音威子府はもう、生徒にとって第2のふるさとですよ。卒業生たちもいっぱい遊びに来てくれて、その顔を見るのが本当に楽しみでしたね」。
菊地先生が最も気を配ったのが、受験生の親の信頼を得ることでした。「いくら本人が行きたいと願っても、親御さんが首を縦に振ってくれなければ叶いません。まず、親御さんに向けたチラシを作って学校の環境をしっかり説明し、『安心して我々にお任せください』と伝えました。生徒には本当に魅力的な学びがあって、親御さんにも安心して送り出してもらえる、そんな学校を作りたいと思って夢中でやってきたという感じです」と振り返ってくれました。

お互いに認め合う寛容の心を何よりも大切に
令和7年度に、おと高は「コミュニティ・スクール」になりました。「学校運営協議会制度」とも呼ばれ、学校と地域住民等が力を合わせて学校運営に取り組むものです。「それ以前は生徒に関して全て学校が担っていましたが、これからは地域全体で生徒を育成していく形になります」。名実ともに村の高校になったおと高の将来を、次の校長に託す菊地先生です。
「離任式でも言いましたが、生徒たちには自分の能力や個性を大事にしてもらいたいです」。個性には、作品に現れる個性のほかに、当然ながら人としての個性もあります。「個性は人それぞれ。生まれ持った性格や育った家庭環境など、さまざまな要素が複雑に影響するものですが、その個性をお互いに認め合ってほしいんですよ」。
おと高を離れるにあたり、菊地先生が生徒に伝えたのは「寛容」でした。「学校生活と寮生活が連続する3年間では、お互いの個性を尊重する姿勢が大事です。せっかく入学したのに、人間関係が嫌で学校を去るなんてもったいなさ過ぎるじゃないですか。だから、お互いに認め合う寛容の心を持って、素敵な絵や素敵な作品を創作し続けてください」。 これが、菊地先生が校長としておと高の生徒たちに向ける、最後のメッセージです。

このプロジェクトの地域

音威子府村
人口 0.06万人
北海道音威子府村が紹介する音威子府村ってこんなところ!
北海道のほぼ中心に位置する旭川市と、最北の稚内市のほぼ中間に位置するところに、人口が600人ほどの北海道で1番小さな村(おといねっぷ村)があります。
過疎最先端地で人口は少ないけれど、その分唯一無二な地域資源(人・文化・鉄道・村立美術工芸高校・木工・芸術などなど)が沢山あります。どこの地域よりもスピード感があって、おもしろいことに敏感で、能動的でチャレンジできる方を求めている地域です。



















