【人からまち知る】 お寺の副住職、若者の挑戦を応援する財団の代表理事として見る酒田のいま
公開日:2026/09/15 07:02
「酒田って、どんなまちなんだろう。」
観光スポットや名産品、暮らしや仕事の情報を調べてみる。もちろん、そうした情報から見えてくるものもあります。でも、まちのことを知るって、それだけでは少し難しいなと感じることもありませんか?
そんなときは、「人」からまちを覗いてみるのがいいのかもしれません。
私たち(酒田市役所地域みらい創生課)は、酒田を生きる人のケの日(生活)とハレの日(宴)をそのまま記録するWebサイト『生活と宴』を運営しています。
今回は『生活と宴』から、お寺の副住職でありながら、若者の挑戦を支え魅力的で活気あるまちをつくる「(一財)酒田コミュニティ財団」の代表理事としても活動する齋藤知明(ともあき)さんのお話をお届けします。
「成功」だけではなく、失敗も含めた「葛藤」や「奮闘」を記録する『生活と宴』。 その「葛藤」や「奮闘」はひょっとすると、あなたと酒田のまちの間に関わりが生まれるきっかけになるかもしれません。
寺町を面にする。僧侶のネットワーク と三年後
「僧侶はもう一度、まちの便利屋になれるか? 林昌寺 副住職・齋藤知明がこれからも酒田でやっていくわけ」
“「元々僧侶というものは、まちの便利屋さんだと思っている」。林昌寺の副住職である齋藤知明さんはそう語る。長らく東京と酒田を行き来する生活を送ってきたが、3年前には酒田に軸足を移した。それからは家業である林昌寺での葬儀や法事を担いながら酒田青年会議所の会員として社会活動に励み、近年ではコミュニティ財団を立ち上げるだけでなく、取材前日に行われた酒田まつりでは宵祭りの委員長として高校生たちとステージをつくりあげた。
一方で、彼は父である住職に「負い目を感じている」と口にする。月参りで檀家を一軒ずつ回り、亡くなった人の話を覚えている父。まちで会った人に「うちも林昌寺の檀家です」と言われるまで、なかなか気がつかない自分。それでも僧侶としての役割を強く意識してきた知明さんは、寺の「内と外」を時代にあわせたかたちでつなげるべく奮闘をしている。”
いつから寺は「自分の菩提寺以外は入れない場所」になったのか?
“インタビューの中盤頃だろうか、飛び出した知明さんの一言が今回の記事の核になると感じた。「僧侶はまちの便利屋だった」という話である。
「元々、僧侶はまちの便利屋さんだと思っていたので。こんな広い敷地(お寺)もあるし、(まちの人がもっと自由に)使っていいよってずっと思っていて」
筆者は県外に住んでいる。そのため林昌寺を訪れたのははじめてなのだが、まちなかにあるにも関わらず、門をくぐると随分と空が広く抜けていることにまず驚かされた。取材日はあいにくの雨だったが、晴れた日は鳥海山も見えるらしい。それはさぞ気持ちがいいだろう。
本堂の脇で話を聞かせてもらったのだが、空間が重ねてきた時間の厚みに自然とこちらの姿勢も正される。座布団がいくつか置いてあるので、普段は檀家さんとお話をしたりする場所なのだろうか。前日は酒田まつりの本祭り。ラフな格好で現れた知明さんに二日酔いの様子はなさそうだった。
全国のお寺や僧侶、つまりはお坊さんが昨今さまざまなかたちで場をひらく取り組みをしていることを、私は知っている。それでもそうしたお寺の変化が、一般的なレベルで知られているかとは言い難い。お寺の印象は「初詣に訪れる場所」であり、「お墓」や「葬儀」といった言葉で連想する人がほとんどだろう。
知明さんもそれを自覚している。
「一般の方々からすると、自分の菩提寺だったら行きやすいと思うんですけど、それ以外のお寺に入るってことはあまりないんじゃないかな。やっぱり宗教的な、神聖的な場ではありますし、そこで飲み食いするとか、何かをするっていう経験が今までないから、戸惑いがあるんじゃないかと思います」
観光に開かれている寺を除いて、いつから寺は「自分の菩提寺以外は入れない場所」になったのか。知明さんは明治以降にまちの人たちとの関係性が変化したと考えているようだ。
「明治以降にお寺はお墓参りに行く場所みたいになってしまって。コミュニティの中心からは離れているイメージがありますね」
まちに暮らす人々が「お寺」という場所と距離ができてしまい、用事がある時にしか足を運ばなくなった。結果として、僧侶も便利屋としての役割を失っていったということだ。明治元年から158年経った今となっては「まちの便利屋」どころか、核家族化、デジタル化、効率化によって「仏教そのもの」の価値が問われている。その危機感を知明さんはこんな風に話してくれた。
「人口は減り、合理化やAIでさまざまなものが塗り替えられていく時代に、そもそもお寺、葬儀、法事に代表される仏教は必要なのかと思ってる人はいっぱいいるのではないか。だから墓じまいや寺離れが起きてくるし、僧侶のいない家族葬などでどんどんお寺との関係性が小さくなる傾向にあるんですよね。傲慢な考えなんですけれども、もう一度、仏教をみんなで現代的な価値に読み替えていかないと、お寺がなくなるだろうという危機感をずっと持っています」
今も、どうすればいいのかの答えは見つかっていないという。それでも宗教教育を長らく研究してきたひとりの研究者として、林昌寺の副住職として、仏教やお寺をどのようにアップデートしないといけないかを日々問わずにはいられない様子だった。”
子どもたちのためにってなると、協力してくれる人は多い
“長らく大正大学に通い、東京と酒田を行き来してきた知明さん。東京だけでなく、研究の一環でさまざまな地域のプロジェクトやまちづくりを見てきた。外の目を持っているからこそ感じる酒田の課題がなんなのか、率直に聞いてみた。
「なぜ酒田にチャンスが少ないのか考えてみたんですけど、中間支援団体が少ないんですよ。例えば、行政と学校だけだと、どちらも大変なのにそれぞれががんばらないとコトが動かないみたいになっちゃってて。あいだに立って若者を集めたり、行政の力を引き出せるまちづくり団体が酒田にはほとんどないんですよね」
「中間支援団体」は、いわゆるNPOや公益法人のことをさすことが多い。行政と現場のあいだに立ち、人をつなぎ、お金を調達したりノウハウを共有していくことが主な役割だ。知明さんはそれが不足していると感じているようだ。比較対象として名前があがったのは、宮城県南三陸町だった。人口1万人の町に、中間支援団体がいくつもあったという。
知明さんは南三陸町で、大学の42日間にわたる地域実習の、引率教員を数年担ってきた。学生と一緒に寝泊まりしながら少しずつ町に関わっていく。自分自身が、よそのまちに関わる経験をしてきた。そうした経験もあってか、2023年に「酒田コミュニティ財団」の立ち上げメンバーになった。大正大学を離れ、酒田に戻った直後に副市長から「立ち上げに関わってくれないか?」と声をかけられたのだ。「財団をつくる」というミッションが先にあったので、何を目的にするかはそこから一緒に考えていった。
知明さんが真っ先に考えたのは、このまちの若者のことだった。
「せっかく高校や中学校で探究学習をやって、まちや社会のことを考えてくれてるのに、実践する機会も場もないのはもったいないなと思って。だから、それをサポートする団体にしようと。子どもたちのためにってなると、協力してくれる人もすごく多いですね」
協力してくれた人たちは、潜在的に同じ課題を持っているのだ、と知明さんは言う。
「課題は共有できるけど、ではどのように解決していくかのHOWの部分が共有されていない感じですね」
立ち上がったコミュニティ財団のスタッフは、知明さんを入れて現在3人いる。理事は7名。これからプロジェクトに伴走する「プログラムオフィサー」を増やすためにも、財務面も強化したいと話してくれた。
「無償でやってくれっていうのは大変だから。きちんとお金を出せるだけの財力は持ちたいなと思ってますね」
「いいことをしているはずなのに、お金にならない」。中間支援組織では起きがちな構造的な課題でもある。その結果、サスティナブルな状態に本人たちがならないと意味がない。また、専業で動ける人を見つけるのはこれからの時代より難しくなっていく可能性もある。副業や兼業で動いてくれる人にも、きちんと報酬が支払える規模の組織に育てる。それが、今のところ知明さんが三年後までに実現したいことのひとつだ。”
『生活と宴』には、今回ご紹介しきれなかった齋藤さんのお話があります。 ・続きはこちらから(https://seikatsu-to-utage.jp/article/01)見ることができます ・あわせて「興味ある」ボタンも押していただけると嬉しいです ・今回の記事を読んで何か一緒にできそうなことや、関わってみたいと思うことがあれば、ぜひご連絡ください!
このプロジェクトの地域
酒田市
人口 9.42万人
酒田市移住相談総合窓口が紹介する酒田市ってこんなところ!
山形県酒田市は、山・海・川・島、全てある地方都市です。
広大な庄内平野の水田と、鳥海山が織りなす季節ごとの風景は いつ見ても心が癒されます。 仕事が終わって、「ちょっとそこまで」な感覚で、 海に沈む夕日を眺めることもできます。
また、ご当地ラーメン日本一を獲得した「酒田ラーメン」 数多くの金賞に輝く日本酒、 歴史上の食通に愛されてきたフランス料理など 食の魅力にもあふれた街です。
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このプロジェクトの作成者
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