
全国を周り続けた転勤生活、最後に選んだ高知の離島で第二の人生をスタート!
最新情報
プロジェクトの募集が終了しました。
2025/03/13「興味ある」が押されました!
2025/02/0925年間橋梁会社に勤め、転勤で全国を回りながら橋の設計をされていた新田さん。2007年に奥様と宿毛市の離島「沖の島」に移住し、現在はのんびりとした島暮らしを満喫されています。今回は、そんな新田さんが島に移住されたきっかけや理想の暮らしを叶えるためにどんなことをされたのかご紹介します!
■プロフィール ・氏名 :新田 政司(にった まさし)さん ・移住時期:2007年 ・出身地 :愛媛県
沖の島に移住された新田政司さんにお話を伺いました!
■移住前はどのようなお仕事をされていたのですか? 25年間、橋梁設計の仕事をしていました。橋の設計は現地に住み込みで行っていくため、担当プロジェクトごとに勤務地が変わります。東京、愛知、福岡、岡山、愛媛など、全国を飛び回っていましたよ。数えてみると17回もの転勤を経験していました。そんな生活を送るなかで、週末は必ず趣味の釣りをしに赴任先の近くの海や川を訪れていました。そのうちの一つが「沖の島」です。愛媛の現場を担当していたときに沖の島を何度か訪れ、もうすっかり気に入ってしまいましたね。昔から、「55歳になったら地方でのんびりと暮らしたい」と妻にも伝えていたのですが、気づいたときには「沖の島で漁師になりたい」と言っていました。それからいろいろと調べていくと、高知で漁師の支援制度を受けられるのは49歳までと知り、当初の予定より早いですが49歳で早期退職をして、移住することに決めたんです。
■なるほど!移住後は漁師をされていたのですね。詳しく聞かせてください! 移住後、地元の漁師さんのもとで1年間修行を積み、一本釣り漁師としての独立を叶えました。支援制度を受けるにしても、受け入れてくれる漁師さんがいないと始まらないのですが、当時受け入れてくれる方が島にいたことも、とても恵まれていたなと思いますね。 それに、最初の3年間は先輩の漁師さんから一軒家を借りて住んでいたんですよ。いずれは空き家を見つけて、自分たちの好きなように手を入れながら理想の家を完成させたいな〜なんて思っていたのですが、3年かけてやっと空き家を見つけることができました。その後は、夫婦2人で少しずつ空き家をリノベーションしていきましたよ。
■お二人でリノベーションされたとは…詳しく教えてください! 10年以上空き家だったような場所なので、草木が生い茂っていて、まさに“ジャングル”のような状態でした。我が家は石段の階段を少し登った先にあるのですが、はじめは家に辿り着くことも難しいほど繁茂している状態だったので、夫婦二人でコツコツと作業して綺麗にしていきました。今思うと毎日がサバイバルのようでしたね(笑)。 そこからは、二人で理想の間取りを出し合って少しずつ手を入れていきました。「ここにはデッキを置いたらどうかな?」「お庭にはピザ窯もほしいよね!」「レンガを貼って薪ストーブも置きたいな」といろいろな妄想を少しずつ形にしていく時間はとても面白かったです。 島でゼロの状態から漁師に挑戦できたのも、自分たちで理想の家を完成させることができたのも、今思えば若いうちに移住したからこそだと思うんです。これが、当初考えていた55歳だったとしたら、正直体力的にもきつかったのではないかなと思います。 予定より早いスタートではありましたが、今こうやって大好きな沖の島で第二の人生を歩むことができて、毎日がとても充実しています。
※新田さんの素敵なご自宅を詳しくご紹介しています!是非こちらの記事もご覧ください。 https://smout.jp/plans/20423


離島の暮らしや仕事についてもう少し話を聞きたい!という方へ
宿毛市職員とのオンラインカジュアル面談を実施中です! 少しでもご興味がありましたら、ぜひ「興味ある」ボタンを押してくださいね★


宿毛市
このプロジェクトの地域

宿毛市
人口 1.76万人

宿毛市が紹介する宿毛市ってこんなところ!
宿毛市は、人口約18,000人。 四国の西南地域に位置し、温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、一年を通じてとても暮らしやすいところです!市の主な産業である農業は、この立地条件や気候を生かして、オクラやブロッコリーなどの露地栽培、土佐文旦や小夏などの特産果樹を展開してきました。 さらに近年は、ミョウガ、イチゴなどの施設園芸等の導入も推進しています。また、森林率84%を誇る市の山林は、銘木と名高い土佐ヒノキの一大産地であり、宿毛湾の沖合に浮かぶ沖の島の周辺には国内有数のダイビングスポットがあります!