人口約7300人のまちで食文化の多様性を深掘りしてみたら・・・。

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「興味ある」が押されました!

2025/03/25

「興味ある」が押されました!

2025/03/23

 多賀町内40数集落の民俗聴き取り調査をしてきて、呼び名や作り方、素材が違う「おやつ」があることを知りました。この小さいコミュニティの中で、食文化の多様性に驚きました。

 「サルトリイバラ」という名称は、多賀町内では通じず、皆さん「ぼんがら」と呼んでいます。はじめて「ぼんがらもち」に出会ったのは多賀植物観察の会のワークショップでした。小麦粉を水で溶いたスライム状の生地に餡を包み、「ぼんがら」の葉で挟み蒸し器で5分ほど蒸したお菓子です。 子どもの仕事は、「ぼんがら(サルトリイバラ)」の葉を採りに行くこと。甘いおやつがたくさん無かった時代だったので、早く食べたくて楽しみで仕方なかったそうです。

若い世代にも作って欲しいとレシピを公開したら「違うで!」と

  YOBISHIプロジェクトでは、地元の方から習った伝えたい食文化を「よびし通信」に綴って多賀町内各戸に配っています。多賀植物の会で習った「ぼんがらもち」のレシピも、若い世代に伝えたく、YOBISHIスタッフに四コマ漫画を描いてもらいレシピを紹介しました。  すると、有難いことに、今から作るので見においでと連絡をいただきました。「よびし通信no.16」を見て、強力粉で試作してくださったそうですが、どうも昔食べた味と違うと。「昔は強力粉なんぞ無かったし、薄力粉でも作れるはずや。」「そんな分厚い小麦粉を食べるんやのうて、もっと薄皮にするんやで」と昔の味を思い出しながら、薄力粉で何度も試作されたそうです。そこで、初めて同じ町内でも作り方が違うという事に気づきました。

サルトリイバラ、ぼんがらの葉
サルトリイバラ、ぼんがらの葉
ぼんがらもちの作り方『よびし通信no.16』より
ぼんがらもちの作り方『よびし通信no.16』より

同じ葉で包むおやつなのに、素材も呼名も違う?!

  サルトリイバラの葉っぱで包んだお菓子のことを、町内だけでも、ぼんがら餅・がらたて餅・がんたち餅・がんばら団子・いが餅など様々な名前で呼ばれているのを知りました。   端午の節句だけでなく、田植えシーズンに作ったとも聞きます。 また、お盆にお供えするのでぼんがら餅という集落もあります。  白い団子の部分は、米粉や小麦粉など様々です。また、餡の素材も、小豆、そら豆、枝豆と多様です。米粉でも、普段に食べるものは、出荷できないお米(クズ米)を粉にした「ゆりこ」で作るという方もおられました。

 「ぼんがら餅」の生地は、どうやら3タイプあることがわかってきました。多賀植物観察の会で習ったぼんがらもちは、強力粉のグルテンを活かしたスライムのように粘りのある生地です。勝手に「1 麩まんじゅうタイプ」とタイプわけしてみることにしました。「違うで!」と連絡をくださった方は、天ぷらの衣より粘り気のないサラサラの薄力粉、「2 きんつばタイプ」で餡子を楽しむ食べ物。さらに、山の集落で習ったのは、米粉を挽いて作る「3 団子タイプ」。  餡は、小豆とそら豆の2タイプあります。昔、あずきは高級品で、普段は田んぼの「ほた(あぜ)」で作ったそら豆で餡を作っていたと聞きます。今では、そら豆で作る餡の方が珍しく、その美味しさには驚きます。  生地3タイプと餡2タイプを掛け合わせた様々な組み合わせのものが町内にあります。  

生地と餡の組み合わせ
生地と餡の組み合わせ
「1麩まんじゅうタイプ」「2きんつばタイプ」「3団子タイプ」
「1麩まんじゅうタイプ」「2きんつばタイプ」「3団子タイプ」

小麦の背景・・・食も住も地産素材で出来ている?!

 昔、屋根の葺き替えに麦藁を使っていたと平野部で聞きました。藁ぶき屋根の藁とは稲藁ではなく麦藁で、屋根の葺き替えのために栽培していたそうです。山間部に行くと茅(かや)葺き屋根で、山に各集落の茅場があり、茅を収穫して家の屋根裏のツシにストックして葺き替えに備えます。村の中の隣組で今年はこの家の屋根を葺き替えすると決めて、順に隣組で協力して屋根の葺き替えをしたそうです。写真は多賀町栗栖で2021年秋に、茅葺き屋根の修繕ワークショップを開催した時のものです。

 「ぼんがら」に小麦粉を使う背景には、小麦栽培があったのだと知りました。 小麦が栽培されていない山間部集落では、米粉を使った団子タイプの「ぼんがら団子」を作っている傾向に気付きました。  一昔前は、石臼で小麦を挽いているので、真っ白な粉ではなく、ザラザラした黒っぽい全粒粉のような感じだったそうです。

 「ぼんがら」は、多賀町独特の呼び方で、7割の集落で「ぼんがら」と呼ばれています。ごく少数派の「がらたて」は彦根市での呼び方のようです。また、山を越えてすぐが三重県になるので、三重県での呼び方、「がんたち」や「いばら」が山間部の集落に伝わっているようです。

 人口約7300人のまちで食文化の多様性を深掘りしてみたら、周辺地域の影響を受けつつも独自の食文化が伝わっていることに感動しました。

多賀町栗栖地区 茅葺屋根 麦も混ざっています
多賀町栗栖地区 茅葺屋根 麦も混ざっています
いろんな呼び方がされています
いろんな呼び方がされています

このプロジェクトの地域

滋賀県

多賀町

人口 0.64万人

多賀町

龍見 茂登子が紹介する多賀町ってこんなところ!

 『古事記』にも記録がある多賀大社は、「お伊勢参らば お多賀へまいれ お伊勢お多賀の 子でござる」と、古くより「お多賀さん」と呼ばれ親しまれています。年間約170万人の参拝客が多賀大社に訪れています。  毎年4月22日は、鎌倉時代より続く「古例大祭」通称「多賀まつり」が行われます。「馬まつり」とも言われ、馬が約40頭、神輿や鳳輦など約500名の行列が御渡りをします。地元小学生は子ども神輿をかつぎ御渡りに参列します。また、6年生8名が担当する倭舞の奉納は、巫女さんの衣装が華々しく、小学生には憧れの晴れ舞台です。  かつて、昭和中頃までは、このお祭りを見物するために、三重県や岐阜県から鈴鹿の山を越えて、晴れ着姿で多くの人が歩いて「お多賀さん」に来ていたと、地元の高齢の方から聞きます。多賀信仰と共に発展したまちと言っても過言ではありません。

このプロジェクトの作成者

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香川県東かがわ市生まれ 高校卒業後、県外の大学に進学 大学卒業後、東京で就職。 転職後、京都市内に住む。 結婚して、京都府木津川市に住む。 その後、天理市、奈良市に住み、 現在パートナーの実家がある滋賀県多賀町に住んで16年になります。 多賀町の自然の美しさに感動し、草花の種類の豊富さに驚き、越して来たころは植物図鑑片手に植物の名前を調べ歩きました。 2014年頃より、多賀町の民俗聞き取り調査に参加。 主に食文化について調査しています。 2019年、多賀町中央公民館オープン時に、地元の郷土料理を展示してふるまうイベントを主催。 2019年4月より、「多賀の食べるをつなぐ」をコンセプトにYOBISHIプロジェクトがはじまりました。 現在YOBISHIプロジェクトの代表をしています。 YOBISHIよびしとは、多賀町の方言で親戚やご近所さんを呼んで行事の時などにおもてなしをすること。 多賀町に伝わる郷土料理の聞き取り調査をして、レシピ化する活動をしています。聞き取った内容は、noteに綴り公開。また、動画撮影をしてYouTubeで少しずつ公開しています。 イベント情報はYOBISHIのInstagramアカウントで発信中。 年数回イベントに合わせて、町内全戸に「よびし通信」を発行。