ものづくりの街で創業74年。「人の育成」で技術を育てるシャフト加工のプロ集団

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2026/03/04

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2026/03/03

新潟県三条市の豊かな自然に囲まれた場所に、株式会社後藤鉄工所はあります。

昭和26年創業、74年の歴史を持つこの会社は、金属部品加工、特にシャフト加工を得意とする企業です。トラックや農業機械、最近ではロボットの部品まで、私たちの生活を支える「動力を伝える」重要な部品を作り続けています。

燕三条地域は金属加工の町として知られていますが、後藤鉄工所の強みは「多工程加工」。NC旋盤だけでなく、熱処理、歯切り、研削など、複雑な工程を一貫して手がけることができる技術力が武器です。

そして何より、この会社の魅力は「人を大切に育てる社風」。創業者である会長から受け継がれた温かい企業文化が、若手社員の成長を支えています。

今回は、3代目社長の後藤敬さん、入社25年で第2工場リーダーを勤める武石浩さん、そして入社3年目の冨沢壮永さん(21歳)に、お話しを伺いました。

ベテラン職人の中に未経験で飛び込んでいった冨澤さん

ーー武石さんは入社25年のベテランとのことですが、現在どれくらいの機械を扱えるのでしょうか? 武石さん:「えーっと、種類で言うと、自動盤、角取り、センタレス、平面研削、ボール盤…だいたい7種類くらいですね。台数で言うと、自動盤が4台、角取りが3台、汎用機のフライス盤…などなど合わせて十数台は段取りから作業まで一人でできます」 後藤社長:「1台覚えるだけでもかなり大変なんですよ。それを武石のような25年のエキスパートは、これだけできる。彼は特に優秀ですが、やっぱりこれくらいできるようになるのが当社の強みですね」 多工程加工に対応するため、後藤鉄工所には県内でも有数の種類の機械が揃っています。それぞれの機械が異なる動きをし、異なる技術が必要。一つ一つを習得するだけでも年単位の時間がかかりますが、ベテラン職人たちは長年の経験で複数の機械を使いこなし、複雑な部品加工を可能にしています。

____________________ そんなベテランの集まるこの会社に未経験で入社した富澤さん。

冨沢さんは、湯沢町から移住し、18歳で後藤鉄工所に入社しました。大学受験がうまくいかず、就職活動にも悩んでいた彼を、縁あって後藤鉄工所が迎え入れました。

ーー入社して3年、どんな変化を感じていますか? 冨沢さん:「最初は検査の仕事が中心でした。完成した製品が良品か不良品かを見分ける作業です。そこから徐々に機械に触れさせてもらって、2年目には汎用旋盤・自動盤の部署に配属になりました。最近では、武石さんに指導していただいて、1日400個しか作れなかった製品が、今では700個作れるようになったんです」

ーーほぼ2倍ですね!どうやってそこまで成長できたのでしょうか? 武石さん:「指導というか、不具合が出た時にちゃんと対処する方法を教えたんです。問題を後回しにせず、その場で解決していく。特に夜間、作業員が帰った後に機械が止まってしまうと大きなロスになります。切り粉が絡まって止まるとか、そういう問題を一つずつ取り除いていった結果、夜も安定して稼働できるようになったのが大きいですね」 冨沢さん:「最初は根拠のない自信というか、よし頑張るぞ!という気持ちだけでした。でも今は、今週はこういう課題があるから、ここをこう改善して生産性を上げよう、と具体的に考えられるようになりました。武石さんや社長から教わって、職人さんたちの思考に少しずつ追いつけるようになってきた気がします。

真面目で慎重な性格の冨沢さん。分からないことは何度も質問し、一つ一つ丁寧に仕事を覚えていきました。その姿勢を武石さんは「ちゃんと聞いてくる子」と評価し、根気強く指導を続けました。

真面目で慎重な性格の冨沢さん
真面目で慎重な性格の冨沢さん

涙を流した不良品。それでも前に進む力

後藤社長:「いいことばかり言うのもどうかと思うので、聞いていいですか?会社に入って一番辛くて挫折しそうになったことは何?」 冨沢さん:「……やっぱり、大量に不良を出した時ですね。年数を重ねて責任のある仕事を任されるようになって、不良を出した時のショックは本当に大きくて。その被害の規模を聞いた瞬間、もう…。正直、家でポロポロ泣いて、親に電話しました(笑)」 武石さん:「俺も入社2、3年目の時、立て続けに不良を出して、次出したら本当に辞めようと思ったことが何度かありました。やっぱり不良はきついですよね」

ーーそれをどうやって乗り越えたのでしょうか? 冨沢さん:「辛いんですけど、出してしまったものは仕方ない。まず対処して、社長や上司に連絡して、とにかく前に進むしかないんです。冷静になって対策を立てて、どうしても遅れが出てしまうけど、やっと軌道に戻った時に少しずつ回復していく…という感じです」 後藤社長:「必ず、チャレンジをしたり新しいことをすると、簡単にはうまくいかない。僕も今、自分でやってる仕事で3回不良を食らってるんだよね。でも頑張って乗り越えればその先はうまくいくから。簡単に誰でもできることなんて仕事にならない。だからすごくいい経験をしてるんだと思うよ」

失敗を恐れず、問題に真摯に向き合う。そんな姿勢を会社全体が受け入れ、支えてくれる環境があるからこそ、若手社員は安心して挑戦できるのです。

ーー後藤鉄工所さんは本当に良い雰囲気ですよね。その秘訣は何でしょうか? 後藤社長:「一番の要因は創業者、つまり会長です。会長が社員を大切にして育ててきた。社員のことを自分の子供みたいに可愛がって育ててきたんです。その雰囲気が会社全体に染み付いています。会長が亡くなったら、みんな号泣すると思いますよ」 冨沢さん:「会長は技術面でも本当にすごくて、どんなことを聞いてもちゃんと答えてくれます。それだけじゃなくて、僕が体調を崩した時には、わざわざ家まで食べ物を届けてくれて。仕事以外でもお世話になっているので、恩返ししていきたいと思っています」 武石さん:「僕も23歳で結婚して子供が生まれた時、会社のバーベキューに連れてきていいよって言ってくれて。うちは子供が3人いるんですけど、3人ともバーベキューに参加させてもらいました。うちの子も会長が大好きです。」

創業者の会長が築いた「人を大切に育てる」文化。特に若手の冨沢さんも飲み会では「人一倍ハジける」性格だそうで、すっかり職場に溶け込んでいます。

ーー移住して一人暮らしを始めた当初、大変だったことはありますか? 冨沢さん:「人間関係は、紹介していただいた三条市の移住コンシェルジュの三浦さんのおかげで最初から繋がりを作ってもらえたので、寂しさはなかったです。でも、支払いとか家賃とか、自分でやらなきゃいけないことが本当に多くて。すっぽかしそうになったこともあって、一つ一つ調べながらやっていきました」

ーー通勤も大変だったそうですね。 冨沢さん:「最初は車の免許もなかったので、自転車で30分かけて通っていました。何度もパンクして、道の溝に引っかかって。その度に工場の人たちが一緒に直してくれました」 武石さん:「天候が悪い時は、会社の人が送ってあげたりして」 冨沢さん:「本当に感謝しきれないです。自動車学校も、2、3ヶ月で卒業するところを1年以上かかって、延長もして…。働きながら免許を取る大変さがすごく分かりました。最近やっと車を買えて、今は車通勤です」

営業の才能も開花。技術と人間力のハイブリッド

後藤鉄工所では、自社製品のボールペンを開発し、東京駅などのイベントで販売しています。ある時、冨沢さんが販売を担当したところ、意外な才能が発揮されました。 後藤社長:「冨沢君、東京駅で販売してもらった時、めちゃくちゃ上手だったんですよ。知らない人に話しかけるってハードル高いじゃないですか。でも彼はすんなりと『こんにちは!』って声をかけて、商品説明もスムーズにできる。5分もしないうちに売れていくんです。ああ、この子にはこういう才能もあるんだなって思いました」

ーー意識していたんですか? 冨沢さん:「正直、あんまり意識してないです。その時は必死で、初めて東京で販売するから売らなきゃ、ちゃんと説明しなきゃって思ってたら、あまり覚えてないくらいです」 技術を理解し、それを人に分かりやすく伝えられる。職人としての技術と、営業としての人間力。両方を兼ね備えた冨沢さんの将来には、大きな可能性が広がっています。 後藤社長:「いずれは自分で作ったものを自分で売る、そういう仕事もしてほしいですね。そういう才能があるので」

後藤社長:「今の若い人は、ロボットやAIに強いですよね。日常的に触れている人も多いし。僕なんかSNSも全然分かりません。でも冨沢君たちはそういうものをよく知っている。逆に年配の人たちには長年の経験がある。年代ごとに得意なことが違うんです」

ーーそれぞれの強みを活かせる職場ですね。 後藤社長:「そうですね。みんな違う才能を持っているので、それを上手に見つけて引き出してあげられるといいなと思います。僕ができないことを、二人ともできるんですよ。実は僕、接客が苦手なんです。頑張ってやってるだけで(笑)。だから展示会に若い人を出すのは、僕が行きたくないから、というのもあるんです。苦手なことはみんなあるので、得意なところでみんなに頑張ってもらえればと思います」

機械加工の技術、デジタルの知識、コミュニケーション能力。それぞれの強みを認め合い、補い合いながら、後藤鉄工所は次の時代へと進んでいます。

【あなたも後藤鉄工所の仲間になりませんか】 後藤鉄工所には創業者である会長から受け継がれた「社員を家族のように大切にする」精神が、70年以上経った今も、しっかりと根付いています。 ベテラン職人が若手を根気強く育て、社長自らが社員の成長を喜び、時には涙を流す若手社員を温かく見守る。会社全体が一つのチームとして、互いを支え合っています。 技術の習得は決して簡単ではありません。時には失敗し、挫折しそうになることもあります。でも、だからこそ仲間が必要です。一緒に悩み、一緒に成長し、一緒に喜べる仲間が。 「簡単に誰でもできることなんて、仕事にならない」と後藤社長は言います。だからこそ、挑戦する価値がある。 ものづくりに興味がある方、新しい土地で挑戦してみたい方。あなたの挑戦を、後藤鉄工所は待っています。

【現在募集中】 技術職(金属加工・機械オペレーター)を募集しています。未経験者も歓迎。丁寧な指導体制で、あなたの成長をしっかりサポートします。興味のある方は、この記事にリアクションしてください!コンシェルジュからご連絡させていただきます!

このプロジェクトの地域

新潟県

三条市

人口 9.12万人

三条市

三条市移住コンシェルジュが紹介する三条市ってこんなところ!

ちょうどいい田舎、三条市。 新潟県三条市は、新潟県のちょうど真ん中に位置するものづくりのまち。 東京から2時間と上越新幹線が止まる燕三条駅や高速道路のインターチェンジがあり、アクセス抜群の地域です。人口は約10万人の都市で、中心市街地にいけばスーパーやコンビニがそろっており少し車を走らせると山や自然が豊かな下田地域にもいける都会と田舎の側面を持つ地域。 ものづくりの技術は世界から認められており、 いくつかのアウトドア用品の有名ブランドも実は三条市が本社だったりします。 幻の西洋梨ル・レクチエやシャインマスカットを始めとした豊かな自然が育む高品質な農産物も魅力です。 三条市をもっと知りたい方は、こちらの記事もご覧ください! https://sanjo-city.note.jp/

このプロジェクトの作成者

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●お仕事紹介 ・商人の街、三条市には多くの魅力的な地元企業&雇用があります◎ビビっときた方には三条市でのお仕事やプロジェクトにスカウトさせていただいております!求人の情報も記事掲載してまいりますのでチェックしてみてください!  

●お家探しサポート 不動産屋さんや空き家活用団体と連携してあなたの目指すライフスタイルにぴったりな家のご提案をします。お気軽にご相談ください。

「住みたいまちを見つけたい」 あなたに寄り添った相談に乗ってます。 三条市に決まっていなくても全然OKです。 お気軽にオンライン面談申込、お待ちしております。 2023年度から三条市移住コンシェルジュとして活動をしている、きら星株式会社という移住サポートをするチームメンバーにて運営しております。

スタッフ1 【三浦佑太郎】 茨城県出身、27歳。前職・エンジニア。 好きなものはサウナとビールと野球と麻雀。 ひとの話をきくのが大好き、好奇心強め。 「いつかは地方へ」と思っていて、面白い場所へ流れていったら三条市へ流れ着きました。

スタッフ2 【本間翔太】 新潟県新潟市出身。 きら星に所属しながらも、三条市内でコーヒースタンドを営んでいます。妻、息子、7匹の猫に囲まれながらおだやかな生活を送っています。

スタッフ3 【神 友里】 地元新潟と湘南の2拠点生活実践中! 夫&息子と、都会的くらしの魅力と、ローカルの魅力、双方を満喫しています。やりたいことが実はローカルで叶った!そういう場面に立ち会えたらと思っております。

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