
【おといねっぷ夢中人カタログ①ver.2】北海道初の「二地域居住コーディネーター」に就任!
公開日:2026/06/23 07:42
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2026/06/23【北海道初の「二地域居住コーディネーター」に就任! 高校の寮で働いていたケムマキさんが挑戦する新たな道とは!?】
この連載記事の第1回目は、全国から多くの生徒が集まる「おといねっぷ美術工芸高等学校(おと高)」の寮で、食堂の調理師として働くケムマキさん(愛称)のお話でした。そのケムマキさんが、寮の食堂を退職して新たな道に進んだと聞きつけ、急遽再インタビューをお願いしました。
「やってみよう精神」がモットーのケムマキさんこと一見さんがチャレンジするのは「二地域居住コーディネーター」。北海道では音威子府村で初めて誕生した専門職ですが……正直、まったく耳馴染みがありません。そのあたりも含めて根掘り葉掘り聞いてみるとしましょう。
取材/2026年4月
4年間暮らした村が、いつの間にか故郷になっていた
娘さんのおと高進学をきっかけに音威子府村へ移住し、高校の寮で調理を担当していた一見さんがその職を離れたのはこの3月のこと。「調理なんてまったくの未経験だった僕を受け入れて、鍛えてくれたボスの加藤さんには本当に感謝しています」。娘さんがおと高を卒業して、村に残る理由がなくなった一見さんは、次の土地に移ることも視野に入れていました。
「2年ほどで次々と移住先を変えてきたので、4年間というのは自分史上最長レベルでした」。しかし、いざ村を離れようとすると、今までに感じたことのない感情が湧き上がってきたと言います。「後ろ髪を引かれたんですよ。振り返ってみると、やっぱりこの村って面白くて。住んでいる方は明るくて楽しい人が多いし、この村を目指して来る方はエッジの効いた人ばかりで、都会と同じような刺激を受けていたんです」。普通の過疎地とは違う……一見さんはずっと思っていたそうです。
音威子府の自然にも、環境にも、人々にも、すっかり馴染んでいました。たまに都会へ出ると、逆に疲れてしまうほど。転々としていたそれまでの自分には「故郷」と呼べる場所がなかったのに、「感覚として持てなかった故郷が、もしかしたら音威子府なのかもしれない。気づいたらそうなっていたという感じでした」と、一見さんは当時の心境を語ります。
村を去るか、それとも留まるか。その選択に直面した一見さんの胸に浮かんだ、もう一つの思いがありました。「音威子府に限らず、人が住み続けるのが難しい超限界過疎地が日本全国にはたくさんあります。この村を含めて、どの自治体も具体的な解決策を持っていない、それをまだ誰も見つけられていないというのが現状です」。
それなら、自分がやればいいのでは——さまざまな土地に住んできた経験、培ってきた村との関係性、移住者としての視点、それらが役に立つのではないかと考えた一見さん。持ち前の朗らかさやユーモア、豊富なアイデアで、村を明るく楽しく盛り上げながら、抱える課題を少しでも解消するお手伝いができるかもしれない——そう確信したとき、一見さんには進むべき方向が見えました。

北海道初の「二地域居住コーディネーター」に転身
今年の4月1日、一見さんは音威子府村から「二地域居住コーディネーター」に委嘱されました。雇用ではなく個人事業主として、村の促進事業を受託するスタイルです。二地域居住とは、一言でいえば「都市と地方の両方で暮らす」という新しいライフスタイルのこと。国や総務省が主導して制度化を進めており、昨年11月に静岡・下田市で日本初のコーディネーター2名が配属されています。「調べた限り、北海道での二地域居住コーディネーターは音威子府村が北海道初の設置事例となります」。
地域おこし協力隊などに比べると、二地域居住コーディネーターは全国的な管理体制もこれからです。従来の移住促進との違いを尋ねると、「二地域居住は片道切符ではない、それが最大の違いですね」と一見さん。従来の移住促進施策では、都市部から地方への移住を前提に助成金や住宅の提供を展開してきました。「片道切符の覚悟って、現実的にはハードルが高いですよね。それでなかなか決断できない人が多かったのでは」と一見さんは考察します。
「よくある二地域居住のスタイルは、平日は都会で働いて週末だけ田舎に、というものです。東京都内から3時間圏内の下田市はそれが可能ですが、音威子府の場合は週末という感覚ではなく、冬の間に住んでスノーボードを楽しみませんか、夏の間に住んで山遊びやカヌーを楽しみませんか、といった季節単位での関わり方になると想定しています」。なるほど、住んでいる街とは別の拠点ができることで、人生がもっと豊かになりそうですね。


田舎と都会を行き来する、新しい暮らし方へ
二地域居住に向けたPRや情報発信、体験プログラムの開発、村を訪れる人の生活サポート、お試し住宅の手配と管理……「二地域居住コーディネーターの仕事って、守備範囲がとても広いんです」と笑う一見さん。今、最も力を入れようとしているのは「高校生」です。「他の地域と比べても音威子府村の人口構成は非常に特殊で、10代の割合が突出して多いんですよ」。
全国から若者が集まる「おと高」のおかげで、音威子府にはすでに関係人口を呼び込む仕掛けがあるというのです。「問題は、入学した40人が3年後にはそっくり村を出ていってしまうことです」。 その原因は明快で、「一つは仕事がないこと、もう一つは住む場所がないことです」と一見さん。村としても直面し続けていた課題で、なかなか解消できていないのだそうです。
「せっかく入口はあるのに、これでは本当にもったいない。その二つの課題を少しずつでも解決できれば、卒業後に都市部へ行ったおと高のOB・OGが再び村との関係を持つ機会になると思います」。さらには、入学した40人のうち卒業後に数パーセントでも村に残ってくれれば、確実に人口は増えていきます。「ほんの小さな積み重ねですが、長期的にはそれが村の存続につながるはずです」。一見さんは、そこに光を見出しています。
一般的な二地域居住のモデルケースでは、都市部の人が地方に来ることが前提となっています。でも一見さんは、その流れを逆にすることを狙っています。「地方をベースにして、都会にワーケーションしに行くというイメージです。僕が寮に勤務していたときは、長期の休みに東京に行っていました。その中に都会で楽しむ内容を凝縮して、刺激をたくさん受けて、また村に帰ってくる」。
地方に住むことで家賃などの生活コストを下げ、そのゆとりでたまに行く都会暮らしを楽しむ、それが一見さんの考える二地域居住です。「都会が上じゃないという文化を根づかせたいんですよ。地方に住む人が自分たちの暮らしを発信することで、そのライフスタイルがかっこいいと思われる、憧れになる時代が必ず来ると信じています」。
そんな社会を目指して先導していくのが自分の仕事、それが一見さんの決意です。もちろん地方には都会のような便利さはなく、課題も多いことは承知の上です。「弱みもしっかり捉えた上で、強みを伸ばして都会の人の注目を集めたいんですよ」。音威子府村では、地域おこし協力隊や地域活性化起業人がたくさん活動しています。「いろんなプロジェクトが多発していますが、それを結びつけて1+1=3にする、触媒的な役割も担いたいと思っています」。人々の好奇心とアイデアとエネルギーがあれば地方ファーストは実現できる——その仮説を音威子府で実証したいと張り切る一見さんです。
取材時は、コーディネーターに就任してまだ2週間しか経っていない頃でした。今のところの具体的な動きを問うと、「とにかく村の中を動き回って、なるべく多くの人たちと顔を合わせて、出来たばかりの名刺を渡して、『何かお役に立てることはありますか?』と声をかける毎日です。本当に手探りですけど、なんだか面白いでしょう?」と笑う一見さん。歩みはじめた「二地域居住コーディネーター」という道が楽しい未来に続いているような気がするのは、ここが音威子府村だからかも。一見さんの「やってみよう精神」で村がどう変わっていくのか、今後も目が離せません!


このプロジェクトの地域

音威子府村
人口 0.06万人
北海道音威子府村が紹介する音威子府村ってこんなところ!
北海道のほぼ中心に位置する旭川市と、最北の稚内市のほぼ中間に位置するところに、人口が600人ほどの北海道で1番小さな村(おといねっぷ村)があります。
過疎最先端地で人口は少ないけれど、その分唯一無二な地域資源(人・文化・鉄道・村立美術工芸高校・木工・芸術などなど)が沢山あります。どこの地域よりもスピード感があって、おもしろいことに敏感で、能動的でチャレンジできる方を求めている地域です。


















